3月 10, 2008

火祭り

山兄Sから1通のメールが写真つきで送られてきた。

P1000094

中身は甥っ子(兄)が入っていたらしい。
・・・おいおい、受験生がこの時期にそんなことしてていいのか?(笑

なんにも聞かされていなかったが、山古志では昨日火祭りが行われたらしい。
引っ張り出されたのか、なんかのからみで手伝わされたか。

そういや、おいらもよく手伝わされたっけ。
火祭りを始めたのはまだ高校生で、その当時は放送とかの手伝いをしていた。
(やらされていた、というのが本当のところだが放送関連は親父よりおいらのほうが得意だった(笑)
実家に兄貴たちが戻ってからはあまり行くことはなかったが、忙しい時には手伝いをしに帰ってたっけ。
(そういえば、そのときに前乗ってたハイエースをお釈迦にしたんだよなぁ。
あの時は借金つくりに帰ったようなもんだったな・・・ orz)

山古志ふぁん倶楽部のほうに写真が載っていたので、見てみると山には雪があるのに駐車場には雪がない。
昔はこんなことなかったのに。
やっぱり温暖化のせいなのかなぁ。
そしたら雪祭りもできなくなってしまうのかなぁ。

でも、雪が少なかったら山古志はわりと住みやすい所かも。
長岡駅くらいなら、仮設のときよりもよっぽど近い。
自然も多いし、季節ごとにいろいろ採れるし。
でも温暖化は大変だし・・・。

とにかくこれからも火祭りが変わらずにできるといいな。
来年は暇を作って行くようにしよ。
P1000095

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月 24, 2007

今年のクリスマス

3年前。

地震後に被災した際に、このHPでクリスマスケーキを配ることを企画しました。
無茶かと思った企画でしたが、いろいろなところからご協力をいただき、実現することができました。
いろいろと大変でしたが、子供たちやその家族たちにはとても喜んでいただけました。

そして今年。

23日に帰村式が行われました。
まだ、地元に戻ることができない人たちもいますが、だいぶ落ち着いてきたようです。

そしていままで計3回協力してきたクリスマス会も、ようやく従来どおり、地元の青年会によって行われたそうです。
今年も子供たちの笑顔であふれていることでしょう。
地元の人たちだけで実現できる状況になった今、皆さんと行ってきた企画もそのお役目を果たしたと思っています。

地元の人たちからも、あのときのお礼をご協力いただいた人たちに改めて伝えてほしいといわれました。
ご協力していただいた皆様、そして数回にわたってプレゼントの配布に協力していただいた明徳ボランティアのメンバーのみなさまに心からお礼申し上げます。

ありがとうございました。
皆様のご協力なしでは実現できませんでした。
あのときのことは、地元の人たちにも、皆さんにとっても大事な宝物になったと思います。
本当にありがとうございました。

P.S ボラメンバーへ。

機会があれば、またみんなで集まって飲もうよ。
朝までがっつりと、ね。(^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

11月 03, 2007

海を抱いたビー玉

今日は本の紹介です。
この前、なぜか実家からこんな本が送られてきました。

海を抱いたビー玉

リストアされた一台の古びたバス。
不思議な縁に導かれるようにして、いろいろな人たちとふれあいっていきます。
そして・・・
実際にあった出来事をもとに書かれた心温まるお話です。

で、なぜこの本がおいらのところに贈られてきたのか?
なんでかっていうとですね・・・。

うちの兄貴の家族がモデルなんですよ、これが。(照
まぁ、実際にそのまま実名ではありませんが、

五木茂之 → 山兄S
五木洋子 → 山姉
五木裕也 → 甥兄
五木達也 → 甥弟

となっています。いやぁ、知っている人にはとてもわかりやすい。(笑

で、なんでうちの家族がモデルになったのか?ということですが。
どうも話を聞いてみたところ、本の中にも書かれている湯沢でのイベントで、作者の方と、うちの兄貴が話をしたことがきっかけとなっているらしいとのこと。

それで地震の時の様子などを聞かれたときに、
「うちの弟(→おいら)がブログでまとめているので、そっちも見てみてください。」
といったらしいんです。
まさか、このHPで書いてきたことが参考になったとは・・・。
いやぁ、はずかしい。

本を読んでみると、なるほどあのときの様子がよく書かれていました。
というか、やっぱり表現がうまいです。
さすがはプロ。
本を読んだ後に自分のまとめたのを読むと、がくーっときますね。(^^;

事実とは異なるものの、かなりの部分が事実をもとにして書かれていることがわかります。
中にはいくつかの出来事が混ざっているのもありました。
周りの環境や事実を知っていると、
「あー、あの人とあの人のことが混ざっているのか。」
とかいうのもわかります。
これは地元でうちと関係ある人たちじゃないとわからないかもしれませんけどね。

よろしかったら、この本と、地震の時のことをまとめたこちらを読み比べてみてください。
かなり忠実に書かれていることがわかると思いますよ。

ちなみに。

この本の一部が震災の義援金に充てられるそうです。
ぜひ買ってくださいませませ。(^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

10月 26, 2007

「ユイナシビト」上演中

えーっと大分前ですけど、こんなことを書いていました。

で、その中で「ユイナシビト」というミュージカルのことを書いていたんですけど、今、上演中だそうです。
(詳しくはこちらをどうぞ。)

あのときは、予告編ということでちょろっとしかやりませんでしたが、それがいったいどのようになっているのか?
ちょっと楽しみです。

東京公演が、この週末までやっているそうなので、ちょっと見に行って来る予定です。
場所は東京芸術劇場小ホール2。
お近くの方は是非行って見てください。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

8月 24, 2007

マリと子犬の物語が漫画に

帰り道によったコンビニで。
いつものごとく週刊誌買っとこ、と雑誌コーナーに目を向けると、
「マリと子犬の物語」
というタイトルが。
少年サンデーの表紙になってました。
(このリンク、来週号が出るまでだとおもいます。)

…あらま。びっくり。
映画もできるけど、漫画にも進出したのか…
なんだかに全国的に有名になりつつあるような…
漫画の方の感想は漫画の短期連載が終わった後に。

ちなみにこんな動画もみつけました。
もらわれた子犬の方はおいらも見たことがあります。
今も元気に過ごしているそうです。
(その後の経過などはこちらをどうぞ。)

でも、映画の予告を見ると、山古志ってきれいなところだなぁ、と思います。
うちの家族とも話しましたが、TVとかに写るとすごくきれいに見えます。
(いや、ほんとにきれいなんですけどね。住んでる人にはただの見慣れた風景だったりするんで。)
いやはや、カメラマンの人たちの腕はたいしたものです。

あ、ちなみに。
映画の方にエキストラとしてちょこっとだけ参加しました。
写っているかどうかはわかりませんけど。(^^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1月 03, 2007

あけましておめでとうございまする

あけましておめでとうございます。
今年も’たけぱんだな日々’をよろしくお願いいたします。

いろいろなところからの支援があったおかげで家族皆元気に新年を迎えることが出来ました。
支援していただいた皆様方に感謝しております。ありがとうざいました。

今年は休みにはいってから早々に山古志の実家に帰り、家でのほほんとすごしております。
山古志の方はまだ雪も少なく、雪堀もしていません。
このまま雪がふらんといいがぁけどねぇ、と皆言っていますがどうなることやら・・・。
ちなみにおいらが帰った日は結構降っていて、翌朝はこんなんなってました。

P1000008

まぁ、この程度ならこっちのほうでは普通なんで、車移動するのがめんどくせぇなぁと思ったりするくらいですけど。
今年は小雪だといいなぁ。

さて。

とりあえず年始めなんで目標を決めました。
最近運動していないんで、体がなまっているんだよなぁ・・・。
つーことで、今年こそはレース復帰して年3回以上出場を!
んでもって体もかっちょよく引きしめる!
とか思ってます。
仕事ちゃっちゃと片してがんがん走りこむべ!

ってな感じでがんばっていくべかな。(^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月 20, 2006

くりすますぅ

今年のサンタはちょうど日曜日。
夕方4時から配布開始です。

村のほうにも戻っている世帯も多く、3年ぶりに村で過ごす家族もいます。
こんな風に書くと「もう元に戻ったんだ」と思われる方もいると思われますが、復旧していないところは目処も立っていない状況です。

でもやっぱり少しずつは進んでいます。
前よりよくしていこうという活動もはじまっているようですし。
やっぱり前向きに行こうと考えていきたいもんです。

つーことで今年のサンタも楽しむぞぉ!
まってろよ!ちびっこたち。
押しかけサンタがまたいくぞ!
「わりぃ子はいねがぁ!」
っていいながら、包丁持っていくからな!
いい子でまってんだぞ!

・・・ん?なんかちがう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月 08, 2006

今年もさんたやるよ

久しぶりの更新です。
だって、ココログがメンテ中だったから。(忙しかったのもあるけどね。)
で、告知。

今年もやるよーっ!サンタクロースっ!

この前、山兄Sより連絡がありました。
決行日は24日。
今年は仮設と村の中の2箇所です。

今年も参加可能なボラの皆様方、ご連絡お待ちしとります。

24日が日曜なので、わりと早い時間から配り始めるそうです。
土曜日入りの人が多いのかな?
泊まるとこは・・・まぁなんとかします。心配しなくてもいいですよ。

人数を確認しときたいので、15日までに連絡くださいまし。
それでわ~

| | コメント (4) | トラックバック (0)

11月 06, 2006

家のなくなった風景

4日の夜。NHKの@ヒューマンという番組で山古志の特集をやってました。
そういえば、前もうちの甥っ子(弟)が特集されてたっけ。
この日は久しぶりに友人のうらぱんだが飲もうってんでちょうど家に遊びに来ていて、ちょうどテレビをつけたときにこの放送をやっていました。
うらぱんだも以前やったクリスマス企画に参加してくれていたんで、二人で思わず見入ってしまいました。

特集では学校再開の様子が写っていました。
「そうそう、学校再開したんよ。」
などとしゃべっていると、甥っ子(弟)が出てました。
「あ。またでてる。(笑)」
そうそう、以前もこの番組で特集されていて、このときのコカリナの演奏会にはおいらも行きました。
でも、身内がテレビに出てるとなーんか照れくさいです。(笑)

いやぁ、学校新しくなったねぇ。
通いの子もいるんかぁ。大変だなぁ。
・・・と、ここまではよかったんですが。

!? 実家が写ってるっ!
つか、うちの家族皆テレビにでてるっ!
引越しの荷物入ってるな・・・。ああ、やっと倉庫から移動したのか・・・。
うわっ、茶の間が片付いてるっ!めずらしいっ!(笑)
え~っ、しかも兄貴が電話しゃべってるよぉ~

うわぁ~こっぱずかしぃ~

とまぁ、真剣な内容にかかわらず部屋での恥ずかしさでたうちまわっていました。
・・・って別においらが恥ずかしがる話ではないんですけどねぇ・・・(^^;

とはいえ。
兄貴のうちが取り壊されたところを見たときは、やっぱりちょっと思うところがありました。
片付けにはいったものの、取り壊された跡をみるのは初めて。
取り壊した家はもともとはお袋の実家。
そこの家の人が引っ越したので、家の兄貴夫婦が入っていました。

昔、お袋の実家の人がまだ住んでいた頃、雪が降り始める年末に新巻シャケ持っていくのがおいらたち兄弟の小さい頃の恒例行事でした。
そのころは囲炉裏があって、そこでじいちゃんがこんにゃくとか煮てたっけ。
秋には栗とか拾いに行って、焼いてもらったりしたな。
あと、兄貴たちといっしょにPC-9801をいじらせてもらいにいったっけ。
夜中までかかってプログラム打ち込んで絵を表示させて喜んでたなぁ。
今思えば、プログラマっていう職業に就いたのはそこが原点かもしれないな。
・・・そんな思い出が詰まった家はもうありません。

そういえば10月23日に放送していたNHKの番組の最後のほうに、山古志の風景を写している場面でほんの一瞬、去年取り壊した実家が屋根が写っていました。
ちょうど家に下る坂のところから撮った映像でした。
実家に帰るときに見ていた風景。
以前はその坂から家の屋根が見えると帰ったなぁって感じがしてました。
正直、春に行ったときに家がなくなっているのをみたときはただ漠然と
「あぁ、なくなっちまったんだな・・・」
という感じであまり実感がなかったのですが・・・。

映像の中だけに残っている我が家。
その家も、もうありません。
昔見ていた風景を見たときに思わず泣きそうになりました。

でもうちの家族は恵まれているほうです。
今年の冬も仮設で過ごす方が多いと言っていました。
テレビでも言っていましたが、復興はまだまだ先。
できるだけ早い復興をただただ祈るばかりです。

あと、体験記の更新はもうしばらくお待ちください。
仕事が一区切りしたんでこれから編集します・・・

| | コメント (3) | トラックバック (0)

10月 23, 2006

2年経過しました。

中越地震から今日で2年経ちました。
・・・この前は間違えてしまいました。3年目に突入ということなんです。ごめんなさい。

復興は進んでいる地域もあれば、なかなか進まない地域もあり、大変なようです。
実際、「もう落ち着いたの?」とよく聞かれますが、村全体ではまだまだです。
これからまた冬がきます。
雪に埋もれてしまえば工事もままなりません。

今もまだ多くの人が仮設にいます。
でも、いろいろな面での不安もあるようです。
先ほど、報道ステーションでも「仮設ホームシック」なることをいってました。
仮設では隣近所が近くにいたので、いつでも顔をあわせることができましたが、村のほうではまだ近所の人たちが帰っておらず、村に帰ったもののなんだか寂しいという現象が起きているそうです。
でも、学校も再開されるし、村の方に戻る方もたくさんいます。
うちの甥っ子たちは、「やっぱり山ん方が落ち着くなぁ」と以前言っていました。
村外に出てしまった私がいうのもおこがましいですが、やっぱり多くの人に戻ってもらって「やっぱり戻ってよかったなぁ」と言う声をたくさん聞ける日がくることを祈るばかりです。

あと、体験談のほうにファイルをUPしました。
興味があれば読んでみてください。
まだ続きはありますが、おいおいUPしていきます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

10月 22, 2006

中越地震の時の様子をUPしました。

ようやく公開します。
左の”中越地震 体験記”をクリックしてください。

・・・でもまだ、未完成なんですよ。
仕事も忙しくて、なかなか編集できなかったのと、HPで公開したかったんですが、どうもうまくいかなくて・・・。
しかたないんで、いろいろと模索して結局PDF形式になってしまいました。(泣

もうちょっとがんばってみますが、とりあえず、ということで。
だれか、HTML教えてくれぇ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

10月 19, 2006

もうすぐ3年

新潟中越地震から3年経とうとしています。

実家のほうもようやく落ち着きを取り戻しつつあります。
被害が大きかったところはまだまだ先のようですが、とりあえずは少しずつ進んでいます。

ちょうど3年ということもあり、いまちょっと今までのことを再度まとめなおしています。
以前、ブログのほうでまとめてみたのですが、時系列が逆だったり、細かい部分までまとめきれていなかったので、読みづらい状態でした。
書いている内容自体は再々掲載となってしまいますが結構加筆してます。
盛り込めるところは目一杯盛り込みました。
物語風にしたりしてますが、誇張したり事実と異なることは書かないようにしています。
気持ちを表現するところはちょっとあれかもしれませんが、そのときの素直な気持ちをそのまま書いています。
一部の表現では・・・だろうとか、・・・と思うという部分は予想を含んでいます。
ただ、私一人の視点で見ている箇所もあるので、間違いもあるかもしれません。
気づいた人がいれば、連絡してください。
(文章の力不足なのは勘弁してくださいね・・・。)

今週末くらいにはUPする予定です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

9月 20, 2006

あっちゃんの結婚式

2006年09月18日。
私の同級生でもある”闘牛博士”ことあっちゃんの結婚式にお呼ばれしてしてきました。
おいらとは幼稚園、小学校、中学校、高校は違ったものの同じバスで通った仲間。
いわゆる幼馴染というやつですな。
そんなわけで、式にお呼ばれされました。

式の会場はなんと虫亀闘牛場。
「式は闘牛場でやるからよ。」
と以前いっておりましたが、まさか本当にやるとは・・・
それを了承したお嫁さんはえらい、と同級生みんなして話しておりました。

それにしても取材陣のすごいこと。
話を聞くと全国区でのニュース放送に出たんだとか。
個人の結婚式がここまで大きく取りざたされることはめったにないのに・・・。
あっちゃんも好きだからなぁ。こういうの。
闘牛のニュースのときはほぼ毎回、喉自慢、タイムショックとよくTVに映っております。
今回の式の様子のビデオには困らないことでしょう。(笑)

んでもって式の様子は、アルバムの方を見てくださいませ。
結婚式も披露宴もほんとによかったですよ。

地元でこういうお祝い事があるというのはやっぱりうれしいです。
これからもこういうおめでたいことがいっぱいあってほしいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

8月 19, 2006

実家でのお盆

久しぶりの更新です。(^^;
ちょいと長文です。

13日から18日まで実家(旧山古志村虫亀)で過ごしてきました。
実に震災後から2年ぶりです。
土砂で塞がれた道もだいぶ補修され、山の斜面のあちこちで補強工事がされています。
うちの部落では改装や新築が進み、戻れる世帯は結構戻っているようです。

実家のほうは内装部分の改装がほぼ終わり、なんとか住めるようになりました。
電気、水はなんとかなったものの、ガスコンロがわりのIHがまだ使用できません・・・。
外装は大工さんが忙しくて今年中は無理だそうな。
とはいえ、人が生活するうえでの設備は整っているので住むにはあんまり困りません。
うちも早ければ10月くらいには戻りたいと言っていました。

さて。
久しぶりの実家でのお盆。
いろいろと毎日忙しく過ごしてきました。

13日。
朝一で埼玉を出発。

ものの見事に渋滞にはまり、お昼近くにようやく到着。
実家に着くと親父がお墓参りの用意をしていました。
お昼は準備しといた燻製づくり。

今回はささみの燻製とベーコンにチャレンジ。
肉は前もって塩漬けしたもの。
ささみのほうは・・・・はっきり言って失敗。
塩につけすぎたせいでめっさ塩辛い。
ベーコンのほうもちょっと塩がきついかなぁと思っていましたが、落ち着けばなんとかなるかな?
もっと鍛錬が必要ですな。

んで。
夕方になってお墓参りへ。
今の家はお墓のすぐ近く(隣と数十メートルはなれたとこ)なので、とても楽チン。
2年ぶりの恒例行事は厳かで心静かな雰囲気の中で行われました。
家族全員で実家のお墓と、親戚のお墓をお参りして終了。

やっぱりいいもんです。
家族総出で何かやるっていうのはなかなかないですからね。
こういうのってやっぱ大事だな、なんて思ってみたりしました。

その後、いつものごとく飲んでいたわけですが、昼間作ったささみを兄貴たちは、
「こんげしょっけーが、食わんねーて。」
(こんなにしょっぱいの、くえないって。)
などとわめいていた割にはほとんど平らげていました。
しかも、それつかって勝手にスープとか作ってるし。
・・・文句言うなら食うなっつーの。

14日。
祭りの準備。

いつもであれば盆踊り当日にやるのですが、なにせ今回はイベントが多いので前日に準備することになったんだとか。
おいらは旧虫亀小学校での盆踊り用のちょうちん準備をやってきました。
うちの場合、実家が電気屋っつーことで、電線這わせたり、電源の準備したり、電球の用意をしたり、放送設備を準備したりと何かと急がしい。
毎度のことだが、ケーブルが足りないやら、あっちに投光機つけてくれやら、電源こっちにもほしいやらとてんやわんや。
毎度のことながら、他の人たちが終わっても最後まで残ってやってきました。

んで、夕方はお泊りに来るボラのメンバーをお迎え。
シャワーだけ浴びて、車で長岡駅までいってきました。
この日はバーベキューしてたらふく食いまくりました。(^^

15日。
盆踊り当日。

とりあえずのんびり起きて早速仕事。(;;
闘牛場では綱っ子(紐をつけたまま行う闘牛)をやっていたようですが、まぁとりたてて見に行くこともないな。本場所やるなら久しぶりに見に行きたいけど。
おいらがもってきた本来のお仕事をやるものの、いまいち進まない。
やっぱりインターネットのつながっていない環境ってのは、仕事柄つらい。
仕事持て来れるのはいいんでけど、便利なんだか、不便なんだか。

とりあえずお昼ちかくになったので、みんなの昼飯を作って自分は早めのお昼を食べる。
・・・そういえば、なぜか実家に帰ると飯を作らされる。
お袋はおいらが帰ると作ろうとしない。
まぁいいけどさ。好きだしね。

昼飯食ったら仕事する気も失せたので(笑)、気分を変えるつもりでボラのメンバーを誘って金倉山へ。
途中、東洋大学から来たボランティアの子達がぶらぶらしていたんでごーいんにつれてっちまいました。(^^;
去年の夏来たときには、全然手付かずで「あと2年くらいかかんだろうなぁ」と思っていたのですが、道は山頂まで通じていました。
山のほうは後回しにされていると思ったので、ちょっとびっくり。
また、山から見る風景もだいぶいろいろなところに手が入っていました。
復興が進んでいるのがわかります。
(あとで写真アップします。)

4時には体育館での催し物が開催されました。
子供たちのコカリナと、西東京から来てくれた方々のミュージカル、あと地元の人たちの神楽の3つ。

子供たちのコカリナ(オカリナではない。笛みたいの)で3曲ほど演奏しました。
うちの甥っ子も挨拶していました。
練習ではしどろもどろだったのが、本番ではばっちりと決まっていました。
うん。えらいえらい。
最後の「ふるさと」は、会場の全員で歌っていました。
・・・この曲、みんな思うところがあったんだろうなぁ。
おばあちゃんやおじいちゃんたちが感慨深げに歌っていました。

ミュージカルの方は、震災のときの様子を再現した「ユイナシビト」という劇。(の予告編)
正直いうと「どーんなんだろ?」という思いで見ていたものの、見ているうちにうん、そうそうとかそうだったねぇ、というふうに引きずり込まれていました。
うちの家族も
「ミュージカルなんてしゃれたがーで地震の時の様子なんてできるがーかと思ったがーけど、いやはや、よーできてたねっか。」
(ミュージカルなんてしゃれたもので地震のときの様子なんてできるもんかと思ったんだけど、いやはや、よくできてたわ。)
「いやー、よう調べてたねっか。あのヘリが飛んでくるとこで「なんか水でも食いもんでもいいっけ落としてけいや!」ってのはほんにそのとうりだったっけんねぇ。」
(いやーよく調べてたわ。あのヘリが飛んでくるとこで「なにか水でも食いもんでもいいから落としていけっての!」ってのは本当にそのとうりだったからねぇ。)
と、みんなほめていました。
あと、「にーな食いてぇ」はツボにはまりました。
(注:”にーな”ってのは、菜っ葉の漬物を煮た食べ物。語源は”煮菜”か?家によっては”なーに”ともいう。うち豆(大豆を木槌でたたいてつぶしたもの)とか鷹の爪とかと一緒に煮たものもあってとってもおいしい。おいらも好き(笑))
地元の方言もよく取り入れていて、不自然さもなかったし。ちょっとびっくり。
でも、おいらとしては、「そいが」とか「なじら?」が入ってなかったのが残念。
他にもいろいろあるけれど、ちょっと難しいかな?
今度は是非取り入れてほしいもんです。
(ミュージカルをやってくれた方々、もしこれを見ていたら連絡いただけますか?できれば、写真を載せたいのですが・・・。)

最後に神楽ですが・・・・えーっと見ておりません。
だって、電気引き回してくれって言われて仕事してましたから。(泣

んでその後は、ご飯を食べて百八灯へ。
部落の上の方にある鎮守様への階段にちょうちんがぶら下がった中を歩いてのお参り。
これも恒例、夏の風物詩です。
風情があっていいもんです。

S060815_

その後はいよいよ盆踊り。
案の定、誰もいません。(笑
とりあえず、おいらの同級生が太鼓をたたき始ていました。
叩いていれば集まってくるんですけどね。いつものことですが。

うちの盆踊りは特に出店が出るわけでもなく、なにか特にあるわけでもありません。
太鼓とじーさま方の囃子のみでみんなで踊るという、いたってシンプルなもの。
おいらもみんなに混じって太鼓をたたいてきました。
ガキの頃からやっていたんで、体が覚えています。
久しぶりに気持ちいい汗をかきながら目いっぱい叩いてきました。
おかげで親指の皮がめくれてしまいましたけどね。(泣


下の写真はそのときの様子。(見づらいです。はい。すいません。)

S060815__1

今年はずいぶんと人が集まりました。
他の地域から来た人や、久しぶりにこっちに来た人たちがいたおかげだと思いますが、久しぶりに踊りの輪が2重になっていました。
活気もあって、とてもいい盆踊りでした。

16日以降は、甥っ子たちと映画を見に行ったり、愛知からきた姉貴夫婦たちと酒飲みながら話したりと、いろいろとやってきました。
しっかし、今回の休みは長かったんですが、まるで休んだ気がしません。
実家帰ってもなんだかんだで働きづめだったし・・・。
でもまぁ、とても充実した盆休みでした。

んで。
今回の休みで感じたんですけど。

やっぱり村に入ってきたときに、人がいるっていうだけですごく雰囲気が変わります。
地震直後に入ったときの村は本当に死んだような状態でしたが、今は活気があります。
まだ、帰れない部落のことを思うと、うーん、と考えちゃいますがこうして少しずつでも帰っていけるのであれば、そっちのほうがいいのかな?と思ってます。
やっぱり人がいないとやっぱりだめだなぁって。
2年経って、ようやく戻り始めた地域、まだ先が見通せない地域。
それぞれ復興の感じ方も違うと思います。
今回の盆踊りも当初賛否両論あったそうですが、今回はやってよかったと思います。
こんな風に活気があるところもあるんだよっていうのがどんどん伝わっていって、村全体が活気付いてほしいものです。

今度帰るのは9月中旬。
地元の同級生の結婚式です。
で、その結婚式っていうのを村でやるんですが、これまたびっくりもんなんで・・・
次回はそのときの様子を伝えられれば、と思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

8月 08, 2006

今年の夏

この前帰ったときに今年のお盆は地元で迎えられそうだ、と家族が話していました。
地震から2年が経過して、やっとこです。

道路もようやくつながり、村で生活している人たちも多くなりました。(虫亀地区)
今年のお盆はイベントが目白押し。
なんかおお騒ぎです。
13日はお墓参り、14日は祭りの準備、15日に盆踊り、16日がお片づけ。
ほかにも学校の片付けや道普請、復興記念行事など盛りだくさん。
それに、復興後初めてのお盆なので、帰郷してくる人や親戚たちも多いとか。
村の人たちは「これじゃ、休む暇がねーてー」と言っておりました。

でも久しぶりの盆踊り。久しぶりのお祭りです。
っていっても田舎なんで、特に出店が出たりするわけでもなく、昼間に闘牛やったり、盆踊りやったりとつつましいもんですけどね。

ようやく生活の基盤が出来つつある村の様子をたくさんの人に見ていただきたい・・・とは思うのですが。
ちょっと、注意が必要です。

・バスなど公共の交通手段はまだありません。
・自前の車などでも交通規制のため、許可証もってないと入れない可能性があります。
・また、入れたとしても7時から22時までの規制があります。
(15日は特別処置がとられるという話もありますが・・・いまんとこ、はっきりしてません。)

・宿泊施設はまだありません。
・今回の片付けのボランティアや招待者には公共施設を宿泊場所として貸してくれるそうですが、すでにいっぱいだそうです。

ちなみにおいらは仕事でいつ帰れるか分かりません。
13日には帰りたい・・・と思っているのですが、正直いって難しそう。
帰れば帰ったで、たぶん手伝いが山のようにあるだろうなぁ。
(実家はまだ、改装中・・・祭りの準備もあるし・・・)
なんか、仕事しに帰るようなもんだな。(^^;

でもまぁ、被災後、初めて村にお泊りできるわけですから、楽しみ楽しみ。
前はこれが普通だったのにな・・・ちょっと変な感じ。
やっぱりいろんなことが変わってしまったという実感があります。

P.S
これをみている明徳ボラの皆様で村に入りたいと思っている方、メールください。
一応考えてはいますが、あんまりあてになんないかもしれません。(^^;

| | コメント (0) | トラックバック (0)

7月 18, 2006

片付け

この連休は、実家(山兄S)の家の片付けに行ってきました。
地震からもうすぐ2年経過しようとしていますが、まだ片付いてません。
というか、家のことをほとんどやってないのは、うちの部落では山兄んとこだけだそうな。
まぁ、仕事のほうが忙しくて、自分ちのことは後回しにしてきた結果なんですが。

でも、さすがに今年中に取り壊さないといつまでたっても進みそうもないということで、片付けに行ってきました。
少しずつはやっていたそうなんで、分別して燃やせるものをガンガン燃やしてきました。

こういうときってなかなか進まないもんなんですよね。
当人たちはいろいろと思い出にひたったり、なつかしんだり。
甥っ子たちは本を読み返して作業進まないし。(笑)

そんな中、がしがしと物を引っ張り出し、「これどーすんの?捨てちゃうよん。」「んなもんいらんだろ。捨てちゃうよん。」といってちゃかちゃか作業してきました。
当人たちとは違って、こっちにゃ未練もなんもありません。
とにかく早く終わらせて、かえって風呂入ってビールが飲みたいわけだし。(笑)
そんな感じで、ひたすら物を引っ張り出しては、燃えるものを燃やすという作業に明け暮れてきました。
・・・ほしいものはちゃっかりと抑えてきましたけどね。(^^;

んで、実家のほう(買ったほうの家)はただいま改装の真っ只中。
壁の張り替えが着々と進んでいます。
とりあえず、今年のお盆は実家で過ごせそうです。
ほんとの実家は取り壊したんで、新しい実家(近所にあった知り合いの家を買い取った)ほうでの初めての夏。
ちょっと楽しみです。

村の方も新しい家を建てたり、改装工事が進んだりしています。
道路も急ピッチで復旧が進んでいます。
この夏には仮設を出ようというところもあります。

その一方で、戻りたいけど戻れない、復旧が思いのほか進まないなどの問題もいまだに多く残っています。
10年経っても片付かないこともある、と阪神大震災にあった知り合いの人は言っていました。
でも。
着実に復旧は進んでいます。復興にはまだ遠いかもしれませんけど。

夏にはなんか大きなイベントをやるみたいです。
そのときはゲートを開放し、県外からの人たちも受け入れるとかなんとか・・・。
まだ確定ではないみたいですが、実現してほしいものです。
このページをみている人にも来ていただきたいですね。

最後におまけ。

おととしの大雪の時の様子をずーっと前に写真を出しましたが、どの程度の雪が降ったかわからなかったと思います。
ちょうど、ほぼ同じ位置で写真を撮ってきたので見比べてみてください。(クリックするとちょっとだけ大きくなります。)

こちらがおとといの様子。
Tuyudoki

んで、こっちがおととしの大雪の時の様子。
Ohyuki

ね?ちょっとすごいっしょ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3月 26, 2006

特集されてたTVをみた

・・・今、TV見ました。
家族全員大笑い。(爆)
まさか、震災後の特集組まれて、その対象になるなんて思ってもいませんでした。

(放送時間は短いですが。(笑))

いやー、身内がでてるってのもなんだか照れくさいもんです。
当の主人公である甥っ子は疲れのためとなりで爆睡してますが。(笑)
今日は30秒くらいで寝付いたとか・・・

んでもって、うちの家族の反応ですが。

「片付けてねーとこしか出てねー」
(一番片付いてないとこがうつってるし。しょったれげだ。笑)
「芝居かかってるー」
(山兄Sは演技していたといっていた。芋役者っ!)
「いやいや、村以外の仕事もしてるって」
(そうでなきゃ食っていけませんて・・・)
「うわっ、さりげなく、じさま(じーちゃん)とばさま(ばーちゃん)がうつってる!」
(身内か地元民じゃないとわかんないよなぁ・・・これ)

などなど。

たしかに全て真実なんですが、こんなに仰々しく編集されているとは・・・
んー、うちの場合はもうちょっと落ち着いているんだけどなぁ。(^^;
取材を受けている当人たちがそう言っているのだからまちがいないでしょ。

今回の取材は計7日間。
移っていたのは実質6分弱。
「取材ってほんと、たいへんなんだねぇ。」
としみじみつぶやいておりました。

ほんと、N○Kさんも大変ですね。
サンタの時の取材のときも、こちらの要望として「勝手に取材しないでね。おいらの名前と素顔ださんでね。素性あかさんといてね。」という要望に見事に答えてくれていてくれました。
今回の特集もよく編集できてるもんだ、とさっきからしきりに関心しています。
まぁ、ニュースの時と違って多少演出が入ってた気もしないでもないですが。(笑)

ただですね。

甥っ子がいっているのは、台詞を決めてたわけでもなく((^^;)こんな風に言ってほしいとかっていう指示があったわけでもなく((^^;;)、本当の素だったようです。
「なにか決めておいたんですか?」
と取材されていた人達に兄貴は言われたそうな。
(つか、そんな事ができるほど、うちの甥っ子は器用じゃない(笑))

そんな中。よく言えたなぁと思ったのが、
「家族が遅くまで働いていてありがとうっていいたい」
とかいっているところで、兄貴夫婦はえらく感激しておりました。
(まぁ、確かに親に面とむかって言えるセリフじゃないわな・・・。これを見ていた兄貴夫婦は「これはやられたなー」といってました。こんな取材があったのはしらなかったみたい。N○KのHさん、Good job!)

でも、これはうちの甥っ子だけじゃなく、他の子供たちもいっしょだと思いました。
前にも書いた気がしますけど、ほんと、子供達も気を使っているんですよね。
これ、避難所にいたときの自分の話なんですけど。

みんなカリカリしてて。
自分もボランティアやってて余裕なくて。
周りにいろいろ言いたくても言えなくて。
だから身内に対してはちょっとしたことで怒鳴ったりして。

そんな様子をみてた甥っ子が、あとでこっそりと
「ごめんね。おとーさんも疲れているみたい。あんまりいわないで。ごめんね。」
と言ったのを思い出しました。
(こんなのがあったから、クリスマスイベントやろうって思ったんですけどね。)

こうやってたまに報道されるっていうのは、実際にこんな状況になるといろいろと考えちゃいますね。
当事者でなければ、他のことに興味がいってしまいますから。
事実、関西の方の地震のときとかは自分もそうでした。
でも、神戸や大阪の知り合いのところに行ったとき、10年以上経っても解決していない事があったりするというのを知りました。
やっぱり当事者になってみないとわからないことがたくさんあるんですよね。

報道とかに対して、当然のことながら、ほっといてほしいという人もいます。

静かにさせてくれ。
もう、ほっといてくれ。

というのも、実際わかります。取材で追い掛け回されて疲れている人もみてますから。

大きな出来事があっても、月日が経って世間から忘れられてしまいます。
でも、その当事者たちはなんにも解決していない現状があるのも事実。

「今、こんな状況なんです!まだまだこれからなんですっ!」

というのがほんとのところなんです。
実際、ほんとにいろいろな問題抱えています。
帰りたいけど施設に入ったうちの親戚、村に帰れるかもわからない集落の人達、今後の見通しがなかなか見えない復興の状況・・・。
今回、たまたまうちの家族なんかがTVに出ましたが、うちには家を継ぐ兄貴たちがいて、にぎやかな子供達もいる。そして、地元以外に頼る事ができる身内もいる。
今回のTVで出ていたうちの家族は、ほんとにものすごく恵まれているほうなんです。
うちなんかより、現実はもっと厳しいところがたくさんあるんです。

でも。

いろんな現状をメディアで発信してもらうというのは、実際に被災した人達に聞いてみたらありがたいといっていました。
実際にはいろいろな利害なんかも絡んでくることもいっぱいあると思います。
でも、だれかしらに訴えたい、興味をもってほしいと思うのは自然なことだと思ってるんで。

こうやって、こんなこと書いているってことは、自分もそうなんだろうな。きっと。
なんか、長文になっちゃいました。ごめんなさい。

最後にもうちょっとだけ。

このTVのVTR、DVDにとっとくと兄貴は記念にとっておくといってました。
んでもって、甥っ子が結婚する時に流すんだそうな。(笑)
さて、そんときにはどんな様子になってるんだろうな・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

3月 24, 2006

取材

ひさしぶりの山古志ネタです。
予定だと明日の23:28からNHKの「つながるテレビ@ヒューマン」で子供たちのコンサート?といっしょに今の様子などを伝えるそうです。
どうもうちの甥っ子が出るらしく、いろいろと取材を受けて大変だったとか・・・。
今後どうしていくのか、といったインタビューもあったといっていっていました。
興味がある方はどうぞ。

ちなみに今日か明日、おいらも実家に帰ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月 27, 2005

押しかけサンタ!

24日、予定通りサンタさんしてきました。
今年は青年会主催のため、運営はそっちにおまかせ。
ボラの人達は子どもの遊び相手に活躍してもらいました。

23日に現地入りして、最初の到着組と晩御飯食べて、集会場でお泊り。
なんだかんだいって、結局、朝近くまで飲んでました。(笑)
翌日、子供用の上映会の準備をした後、ボラの皆さんは子どもたちの遊び相手に。
おいらは、除雪の手伝いとかこまごました用事とかあったんで、そっちでぱたぱたしてました。

んで、午後3時頃からいよいよ準備開始。
ケーキをもってきたり、プレゼントの確認をしたり。
今年は昨年と異なり、プレゼントは各家庭で用意したものを配ることになっていました。
というか、今まではこの形式だったので、本来の姿に戻った、というのがほんとのところ。

皆でサンタ服に着替えた後、円陣を組んで気合を入れて出発!
外の様子は、ホワイトすぎるクリスマス。
雪がこれでもかといわんばかりにどっかどっかと降っておりました。

最初は雪の中で対象の世帯の場所がよく分からずおろおろとしてしまいましたが、なんとか見つけ出して配り始めました。

さて。

今年のクリスマスは去年とはここからが大きく異なります。
そぉーっと玄関に近づき、靴を脱ぎます。
そうしたら、ドアをガラッっと開け、
「メッリークリスマース!」
と言った後、づかづかと部屋の中まで上がり込み、直接子どもたちに手渡しします。
これが地元青年会曰く、押しかけサンタです。

まぁ、子どもたちの反応のおもろいこと。
ささっとお母さんの後ろに引っ込む子、はにかむ子、泣き出す子・・・。
お母さんたちから、「ほら、お礼を言いいなさい」といわれて、恥ずかしそうにお礼を言ってくれたり、最後まで出て来れなかったり・・・。
ある程度の年になるとあまりかわいげもない(笑)ものの、それでもやっぱり喜んでいる様子。
中でも印象的だったのは、
「あー、サンタさんだぁ。」
といってめっちゃ喜んでくれた女の子。
「いい子にしてたら、またくるよ~」
といったら、玄関先まできて
「うん、あのね、またくるんだよね、プレゼントもってきてくれるんだよね。」
と必死に訴えかけて、手を振ってくれました。
あぁ、めっさかわえぇな~(#^^#

つれさったろかいな。
プレゼント用の袋につめて。(笑)
ほんと、そんなやばいくらいかわいい。
こんなんみると、やってよかったなぁと思います。

最後においらの同級生のとこに配って終了。
初めて見たけど、めっさかわいかったなぁ。
ちょっと話もできたし、よかったよかった。

後は集会場に戻って打ち上げ。
じゃんけん大会でもりあがったり、ピーな部分のあぶないノリもあったりして、みんなで楽しくお酒を飲むことができました。

くみちゃん、とらちゃん夫妻、とろんとろん、ばねちゃん、みなちゃん、みねちゃん、らいすさん、みんな本当にありがとうっ!
ボラで集まってからもう一年経つというのに、また集まってくれたみんなに感謝っ!
これなかった人もぜひまたきてちょうだいっ!
そんでもって青年会の方々、お疲れ様でした。

次は、来年の春先とか夏の花火とかかな。
機会があったら是非きてくださいね。
また、声かけるからね~。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

12月 25, 2005

大成功!

24日、予定通りサンタさんしてきました。

泣く子あり、恥ずかしがる子あり、うれしがる子あり・・・。
いいもんです。子どもの笑顔って。
これが少しでも村の人達の活力になってもらえたらうれしい限りです。

とりあえず、今日は疲れちまったんで寝ます。
詳しい報告は、また後日にでも。

ご協力いただいたボランティアのみなさん、ありがとうございました。
また、遊びにきてくださいねー。(^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

12月 22, 2005

いよいよです

今年もやってきました、クリスマスっ!
おいらは明日の夜から現地入り。の予定。

去年に比べれば非常にのほほんとしております。
今年は現地の方々のお手伝いということなので、なーんにも準備していないから。

今年は配り方が従来どおりのいきなり家に上がってプレゼントを配るという”押しかけサンタ”(笑)なんで、中身は濃いっす。
なにはともあれ、子どもたちが喜ぶ姿をはやいとこみたいなー。

雪がちょっと(だいぶ?)心配だけど、いっちょやりますか!
んでもって楽しいひと時をみんなですごしましょうっ!!

・ぎょーむれんらく
サンタのみなさん、現地への到着予定をメールでも携帯でもいいんで連絡してください。
おねがいしまっす。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

12月 17, 2005

もうすぐクリスマス

もうすぐです。
来週はクリスマスです。

今年は、お手伝いという形での参加です。
もともとのスタイルに戻るわけですが、去年と同様に明徳ボランティアの面々がまたまた集まってくれます。
ほんとにありがとうっ!(^^

しっかしまぁ、雪がえらいことになってます。
どっちゃり降っているそうです。
今日、山兄は雪堀に行ってきたそうです。
ほっている様子をヘリがホバリングしながら撮っていったそうな。
ひょっとしたら、子どもらといっしょにTVに写っているかも。

ボラのサンタのみなさん。
防寒の用意はしっかりしてきてください。
あとふつーの靴だとめちゃくちゃ滑ります。
気をつけてください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

11月 23, 2005

とりこわし と クリスマス

昨日、連絡がありました。
今日から実家を取り壊すとのこと。
ほんとうは帰ろうかな?とか思いましたが、やめときました。
見ておきたいような、見たくないような・・・
結局は行かなかったんですけど。

ただ、雪降る前に取り壊せてよかったと思ってます。
去年みたいにどかどか降ろうモンなら、みんな休めません。
今年の冬はちょっと落ち着けるといいんですけどね・・・。

話変わって。

クリスマス会が開催されることが決まりました。
去年は明徳にいたボランティアの人達や、まわりの援助で開催することが出来ました。
今年は地震前の頃のように山古志の青年会主催の形での開催です。
わたしもお手伝いとしてまた参加する予定です。
また、ボランティアの人達も何人かは既に参加するよーと名乗りを上げてくれています。

さて、今年もいっちょやりますか。
子どもたちの喜ぶ顔を見にいくどー!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

11月 19, 2005

中越大地震を振り返って ~ そして、今 ~

過去の分もまとめて読みたい方は、右にあるカテゴリーの”そんでもって山古志”をクリックしてください。
今回で一応一区切りです。

--------------------------------------------
その27 そして、今

地震が発生してから一年が経った。
復興のほうも少しながらも進んでいる。
ようやく道が繋がりはじめた、といった感じだろうか。

仮設のほうでの生活にもずいぶん慣れたといっている。
一部の人達は頻繁に泊まりに帰っている人もいる。
しかし、今年は家の取り壊しまでがやっと、というところもある。

仕事が忙しくて休む暇がないと山兄たちはぼやいているが、仕事があることはいいことだ。
山の方の復旧がすすまず、今年はなにもできなかった人もいる。
鯉師の人達も、生簀の復旧を進めているようだが、まともに鯉を飼える状況にはなかなかいたっていないようだ。

子どもたちは相変わらず元気だ。
山兄Sの仮設は溜まり場になっていて、自分が帰るといつでも賑やかだ。
中学生になった甥っ子は、バレー部に入部してがんばっている。
学校を間借して部活を行っているので、週2日しか練習ができないらしい。
そんな状況の中でも、地区の大会では上位の方に入ったそうだ。
たいしたもんだ。

うちの実家は、村に戻ることにした。
今月中に実家を取り壊すことになっている。
新しい家も決まった。
今家のあるところからちょっと行ったところに、引越しして空き家になったところがある。
そこの家を買い取り、補修して入るということになった。

国から出る費用でなんとかなりそうだ、とはいっているものの実際のところは分からない。
よく、「国がxxほどの援助金を支給することになりました。」というのを聞いて、「沢山もらえていいね。」なんていう人がいる。
でも、実費でかかった分しかもらうことは出来ないし、その用途も細かく決められている。
全額もらえるわけではない。
不足分はその家で負担するわけだし、家の取り壊し、補修や建築、そのほかにも畑や田んぼの補修など・・・ほんとに多岐にわたることをひとつづつ解決していかなければならない。
それに、村から出て行く人には援助金はでないそうだ。

仮設の期限は2年ということになっているが、現実的にその間に何とかなるという人達はごく少数だろうとのこと。
特定の部落は平成20年以降にならないと、家を建てる目処もつかないところもあるそうだ。
復興までの道のりは、まだ遠そうだ。

もうすぐ冬になる。
昨年みたいな大雪にならないことを祈るばかりだ。
--------------------------------------------

とりとめもなく、去年地震があったときのこととかをまとめてみました。
そのときはなかなか書けなかったこととかも含めて、かなり突っ込んだところまで書いたつもりです。
自分自身まとめておきたいというのもあったんですが、やっぱりあんまりうまくまとまってないですね。(^^;

正直いって、こんなことまで書いていいもんかなぁ、と思ったところもあります。
ただ、あのときの状況はいろんな人達に知ってもらいたいな、というのがほんとうのところです。
報道では、実際にある出来事のごく一部しか見せてないわけですから。
といっても、ここで書いていることも全体からすればごく一部なんですけどね。

地震があったときの様子や、ボランティアの時の様子については、これで一区切りとします。
一年経ったし、書きたいことは全て書いたつもりです。

でも、復興の様子はこれからもちょこちょこと書いていくつもりです。
まだ、復興は始まったばかりですから。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

11月 18, 2005

中越大地震を振り返って ~ 報道 ~

過去の分もまとめて読みたい方は、右にあるカテゴリーの”そんでもって山古志”をクリックしてください。

--------------------------------------------
その26 報道について

被災直後から、さまざまなメディアが現地におとずれていた。
TVや新聞、雑誌など・・・。
避難所に移った頃から、なにかことあるたびにひっきりなしにおとずれていた。

地震発生時の様子や、現在の状況を知りたいと思うのは当然のことだ。
自分も埼玉にいたときは、もっと詳しく報道してほしいのに、と思っていたし。

地元の人達も最初の頃は聞かれたことに素直に答えていた。
今までしたこともない経験を話したいと思っていた人も多かったのだろう。
自分が話を聞こうとすると、皆興奮気味に話をしてくれた。

ただ、それが長く続くとかえって負担になったようだ。
多少は慣れたらしいが、ことあるごとに「どうですか?」などと聞かれればうんざりしてくるよ、と皆いっていた。

今回のことだけではないけれど、TVなどを見ていてたまに思うことがある。
なんでもかんでも感想や今の気持ちを聞きたがるっていうのはどうなんだろう?
そんなことまで聞くなよ、みたいな質問をするレポーター達。
世の中にはそういうことを聞きたいという人も沢山いるとは思う。
けれど、それってそんなに重要なことなのか?
今回、地元での報道機関で疑問におもったことがいくつもあった。

自分が報道に期待することは、実際に起こったことや正確な情報だ。
それに必要以上に感想などを聞いてしまうと、感情移入しすぎることもあると思う。
もちろん感想を聞いたりするのが悪いことだとは思ってはいない。
ただ、度が過ぎるような聞き方をしている報道も多いと思う。

実際、現地でもいろいろとあったようだ。

崩落現場のヘリコプターでの撮影。
倒れている家にずかずかと入っていくレポーター。
やりすぎじゃないの?と思うような報道もそのころネット上でも話題になっていた。

避難所のほうでもいろいろあったと皆が教えてくれた。
こんな風に答えてもらえるとうれしいですとか、こんな風に動いてもらえますか・・・などなど。
それってやらせじゃないの?みたいなことは沢山あったといっていた。
これじゃあ、本人たちの生の声は届くはずもない。

他にも、視聴者が喜びそうな話を求めて取材しまくるようなTV局もあった。
たとえば、知り合いのおばちゃんから聞いた話。

最初非難解除があったとき、あるTV局のレポーターが、
「帰りたいですか」
と聞かれた。もちろん家に帰りたい。
そのときは、帰りたいと答えた。

そして、非難解除にあったときにまた同じレポーターが聞きにきた。
「非難解除がされましたが、やはり帰りたいですか?」
と聞かれたが、実際に帰って生活できるような状況ではない。
家の修理も手付かずの状態だったし、生活に必要な物資を地元で用意できるような環境ではなかった。(もちろん今もだが。)
もちろん帰りたい気持ちはある。でも実際にできることと出来ないことがある。
おばちゃんは素直に
「帰りたいけど、やっぱり帰れない。」
といった。ところがレポーター達は怒ったように、
「あんた帰るって言ったじゃないですか?前言ったのに帰らないんですか?」
と詰め寄ってきたそうだ。
しまいには、
「あなたはあのとき嘘をついていたんですか?」
みたいなことまでいわれたらしい。
いきなり責められるような状態になってしまったため、おばちゃんは何もいえなくなってしまったそうだ。

この話をきいたとき、本当に腹が立った。
これは取材なのか?そもそも誰のために話を聞きにきているんだ?
おばちゃんは現状を考えて正直に話をしただけだ。
それなのに責められるってのは一体何なんだ?
TV局としては、苦しい環境でも村に帰ろうとしている人達の姿を撮りたかったのかもしれない。
でもそれが実際に出来ないからといって、おばちゃんを責める権限がお前らにあるのか?と、このとき来ていた連中にいいたい。

あと、これは自分のほうであった話。

去年、明徳のボランティアでクリスマスケーキを配る企画を行った時のこと。
(その辺は、カテゴリーの”新潟中越地震”やマイフォトの”明徳ボランティア企画)クリスマス会”を見てください。)

どこから仕入れたのか知らないが、数社から”自分の方に取材させてください”とメールがあった。
クリスマス会の趣旨として、久しぶりに家族水入らずで過ごしてほしかったというのもあった。
できるだけ取材はしないでほしいと思っていたので、以下のようなメールを返信した。
(以下、相手に送った原文のままです)

---------------------
こんにちは。
たけぱんだ@ウェブ管理人です。

表記の件について、回答させていただきます。

今回の企画は、特にメディアに取り上げていただくようなものではないと思っているのですが・・・。
もともとの主旨として、

・あんまりでしゃばらず。
・できるところをお手伝い。
・主役は現地の人達であることを忘れずに。

ということをかかげているので、あまり目立ったことはしたくありません。
ただ、「こんなことをやっているとこもあるんだ。」位の撮影はとくに問題ありません。

しかし、被災当時、心無いいくつかメディアからの取材で不快な思いをしたことがある、というのを現地住民から聞いております。
そういったことから、以下の2点について了承していただけますでしょうか?

・仮設の人たちに対して、絶対に迷惑をかけない。
(これが絶対条件です。ようやくすこし安心できるようになった地元の人達が不快になるようなことがあっては、この企画自体の主旨に反

します。地元の方々を撮影する際は、必ず許可を取ってください。)

・この取材に関するやり取りに関して、このHPにて公開してもかまわない。
(実際にメディアがどのように取材を行っているのか?ということを、やり取りしているこのメール、また現地での取材の様子なども含め

て、HP上でご報告させていただきます。)

この上記2点についてお約束していただけるのであれば、取材についてはOKです。
明日から現地入りしていますが、メールは見れると思います。
---------------------

これに対して、あるTV局は”タイミングが合えば取材させて頂きたいと思っています。”と回答してきた。
いろいろやり取りがあったのだが、”撮ってやるよ”みたいな感じだったので、非常に腹がたった。
撮ってくれなどとお願いするつもりはさらさらなかったので、別に撮っていただかなくても結構ですとお断りした。
このメールも載せるつもりだったのが、あまりにも腹が立ってしまい、速攻で削除してしまった。

ほかにもアポなしでいきなり勝手に取り始めたTV局もあった。
これはもう問題外。
この企画の趣旨を話した上で、お引取り願った。

このときお引取りねがった2つのTV局のどちらにもいえる事だが、ものすごく高慢な感じがした。
俺たちが撮ってやるよ、みたいな。
TVで撮ってやれば皆よろこぶとでも思っているんだろうか?
それとも、なにか自分たちが特権を持っていると勘違いしているんだろうか?
ほんとにいい加減にしてほしい。

逆に非常に気を使ってくれたのが、NHKと共同通信社(新聞)。
どちらとも、こちらの趣旨をきちんと理解して取材を行っていた。
ちなみにこれがNHKの担当者さんから届いた返信メール。
(原文のまま。担当者名は伏せさせていただきます。ちなみに公開することについては了承を得ています。)

---------------------
たけぱんだ様
こんばんわ。メール拝見いたしました。早速のお返事ありがとうございます。

取材にお邪魔する際には、ご提示の条件については、全て同意の上でさせていただきたいと思います。
2つ目のやり取りの公開の件ですが、このようなメールを介した取材はあまり一般的ではないので、参考になるかわかりません。

ところで、実際に取材にお邪魔するかどうかを決める前に、企画の詳細や段取りについて、二、三お伺いしたいことがありますので、連絡

先の電話番号をお教えいただけますか?
このよう