10月 23, 2007

中越地震から3年経ちました

2004年10月23日。
あの大地震から3年経過しました。

村の方も道がほとんど開通し、さまざまなイベントも行われました。
まだ、復旧には程遠い地域もあるのですが、着実に進んでいると思います。

実家のほうは大分落ち着きました。
今年の夏になってやっと外装を改修しました。
山兄Sの方は来年中に家を建てたいとは言っていましたが、どうなることか・・・。

さて。

あの時の様子をHPで書き連ねていましたが、ようやく書き上げました。
一応完成です。
左の「中越地震 体験記」の「~山が崩れた日~」をクリックしてみてください。
 pdf形式で書いてあります)
前半はあまり変わっていませんが、後半は結構追加して書いてあります。

写真などもいれたので、ちょっとは見やすくなっていると思います。
かなりの長文ですが、興味があったら読んでみてください。

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8月 10, 2007

新潟県中越沖地震 ボランティアに行ってきました

新潟中越沖地震で被災した柏崎地区。
震度6強の地震は、多くの建物を崩壊させ、そして尊い命を奪っていきました。
被災された方々に心からお見舞い申し上げます。

8月4日、うらぱんだ(私の友人)と一緒に柏崎にボランティアに行ってきました。
そのときの状況や前回の中越地震との比較、そして感想です。
(カテゴリーが中越地震になってますが・・・同じ地震関連ということで。けっこう長文です。)

< 事前準備 >

前日にボランティアセンターに問い合わせたところ、9時までに現地入りしてもらい、指示をまってほしいと言われました。
(ボランティアセンターのHPはこちら
また、車でのボランティアはできるだけ避けてほしいとの記述があったので、電車で行くことに。
長岡から出発するとなると、朝6時45分位の電車のみ。
眠い目をこすりながらの出発となりました。

< ボランティアセンターへ >

駅からボランティアセンターまで歩くと約20分くらい。
バスも出ているので、そちらを利用してもいいでしょう。
(バスはボランティアセンターのまん前の営業所に止まります。)

到着するまでにあちこちを見ましたが、途中でも倒壊した家屋が何件かありました。
報道では原発の方に集中していますが、やはり被害は大きいです。
調査済みの張り紙がそこかしこに張られていました。

< 受付 >

ボランティアセンターに到着して、まずは受付。
このとき、自分の持つ資格なども記録します。
看護士、福祉免許、大型特殊車両etc…
資格をもっていると、やはりいざという時に役立ってくれます。

受付待ちで並んでいた際に掲示板などを見ていたのですが、避難所が昨日(8月2日)に閉鎖になり、物品支給もその日で終了となっていたとのことをそこではじめて知りました。
中越地震のときはいろいろと報道されていたのですが、前回の能登地震も今回の地震も一般報道がとても少ないように思えます。
ただ、もう少し現状の復興状態については報道があってもいいように思いますが…私があまりテレビを見てないだけなんでしょうか?

< マッチング >

受付を済ませると、マッチングが行われます。
ボランティアの依頼内容によって必要な人数とそれにあわせた人材を割り振る作業です。

「粗大ごみのごみだしで、男性4名お願いします。」
「部屋の片付けで、女性2名、男性2名お願いします。」
などなど。

今回行った時は主に片づけがメインでしたが、看護士、福祉免許を持った方がよく呼ばれていたように感じました。
老人のお世話や、病気の方のお世話などをする場合も多かったのでしょう。
やはり資格などを持っていると役立つ場面がありますね。

このマッチング、以前の中越地震でも同じようなものはありましたが、今回はより組織的に動いているように思えました。
以前はあまり細かい内容の指示などもなく、
「あそこに行って現場の指示を聞いて!」
といったアバウトな指示も多かったため、実際の所、結構トラブルもありました。
やはり、以前の教訓が生きていると思いました。

また、呼び出しの中で意外と多かったのが、車で来た人への依頼。
車でこないように…との記述がありましたが、実際には車が不足していたように思えます。
ボランティアの人を運んだり、荷物を片付けるのにやはり車は有効です。
ただ、中越地震の時、ボランティアで来た車の違法駐車によってトラブルが発生しているのを何度か見かけました。
ボランティアを頼むほうとしては、そういったトラブルを抱えこむことを避ける意味もあると思います。
善意のつもりできたのに、よけいな問題を起こしてしまっては本末転倒ですしね。
事前に仕事量がわかれば、必要な車の台数を告知して…などもできるかも知れませんが、実現は難しいでしょう。
実際、災害時はいろいろなことの対応に追われて、お願いするほうも予定通りに行動できないことも多いですし。
(これは中越地震のときの経験です。)
今のところは、被災地に近い人や要請がない限り車で行くのは避けたほうがいいと思います。
とりあえず事前にボランティアセンターに確認してみるのがベストかもしれません。

< いざ、ボランティアへ >

今回、私とうらぱんだは、他の男性メンバーとともに荷物の移動とごみ出しの依頼を引き受けました。
依頼内容と現地までの地図をまとめた紙を受け取り、リーダーを決めます。
とりあえず、今回は私がリーダーをやらせていただくことになりました。

そして、ボランティアを割り振っている人から依頼内容を再度確認。
また、このときにボランティアとしての心得の説明がありました。

「被災者の立場で」
「”やってあげる”ではなく、”やらせていただく”の心で」
「コミュニケーションを大切に」

などなど。

至極もっともなことなのですが、悲しいかな言わなければわからない人も実際います。
被災者としては、いろいろとしていただければ非常に助かりますし、すごく感謝します。
ただ、「やってあげる」の気持ちの人のボランティアというのは、まず間違いなく見抜かれます。
(被災した後は、ほんとに恐ろしいくらいに敏感になってます。)

これは実際に中越地震であったことですが、どこぞの団体が炊き出しに来たときのこと。
そのとき、すでに数件の団体が炊き出しに来てくれて、その対応でボランティアや地元の人は大忙し。
後できた団体の対応まで手が回りませんでした。
そうこうしているうちに、その団体のリーダーらしき人物が、
「せっかく来てやったのにいったいどういう対応なんだ!」
と怒鳴り始めました。
あわてて地元の人たちが対応し、おなか一杯なのを無理して数人の有志が食べたということがありました。
被災者からすれば「いやぁ、もういいよ~」ということもありますが、弱い立場であるが故になにも言えません。

これって…ボランティアですかね?

ここまで極端な例は稀です(実はそうでも無かったり…悲)が被災者のことを考えているつもりで、自分のことしか考えていない人は意外と多かったりします。
自分が切羽詰っているときは、他の人に対して余裕なんて持てません。
(私も自分で気づかずにそんな状況でボランティアをしていたことがありました。後悔したことも数知れず…。)

是非、ボランティアをやろう!と思っている人は、はやる気持ちを抑えて「自分に今余裕があるか?」ということをちょこっと考えてもらえたらなーと思っています。
結局はお互い負担が一番軽い状態で行われるのがベストだと思います。
やっぱりそれがお互いにとって気持ちいいでしょうし。

ボランティアの説明を受けながら、ちょっといろいろ思い出しました。
ただ、こういうところもきちんとフォローする体制になっていたことにちょっと驚きました。
このあたりも前の地震の時の教訓が生かされていると思います。

< 現場での作業 >

今回の依頼でお伺いしたのは、おじいさん、おばあさんのお二人のお住まいでした。
家の中に上がらせていただきましたが、やはり大きな被害を受けていました。
柱の継ぎ目に隙間ができ、土台からずれてしまったそうです。
また、外の石壁はすべて倒れてしまっていました。(これは前回ボランティアで片付けてもらったそうです。)
「でも、けが人が出なかっただけでもよかった。」
とおじいさんはいっていました。

玄関に入ったとき、震災後に実家に初めて入ったときの感覚を思い出しました。
うーん。なんていうんでしょうか。
悲しいのだけれど、泣きたいわけでない。
誰が悪いわけでもない。ましてや自分も何もしていない。
なのに訳のわからないまま大変なことになっている。
なんだか、”あぁーーーー”と肩を落として長く息を吐くような感覚。
地震などの天災にあうっていうのは、やっぱりそんな感じなのかなぁ、と改めて思いました。

いやいや、こんなところで気落ちしている訳にも行きません。
被災している方はもっと大変なんですから。

さて、気を取り直して実際の作業内容を確認しました。
大きな荷物を2階から運んだり重い荷物を運んだりする作業をお願いされました。
腰を痛めてしまったそうで、大きな荷物はちょっとつらいんだとか。
やはり、こういう作業は人手がないとどうしようもないですからね。

この時に思ったことが一つ。
ちょっとした道具は持っていったほうがいいです。
訪ねたお宅で用意されていればいいのですが、被災して家の中がぐちゃぐちゃになっていた場合は、探すのもままなりません。
とりあえずあったほうがいいと思ったのは、

・+-のドライバ(家具などをばらすときに必要)
・ナイフ(なにかと使える)
・ペンチ(ドライバなどで回らないときなどに使用)
・ペンとガムテープ(荷物の移動先や何が入っているかを示すのに使ってみたり)

これくらいならウエストバックとかに入れて十分入ります。
ウェストバックの中に飲料水なども入れておくのもいいかもしれません。
ボランティア内容によっては必要ないかもしれませんが、家の中の片付けの時は何かと役立つと思いますよ。
これからボランティアに行こうとしている方がいたら、検討してみてください。

大きな荷物だったものの軽かったおかげか、スムーズに片付けは進みました。
お昼になったので買ってきたお弁当を食べていると、お味噌汁とトマトをいただきました。
疲れた体に沁みる沁みる。いやぁ、ほんとにおいしかったです。

しばらく休んだ後、午後の作業にかかりました。
片づけをやっている際に、おばあさんが
「こうしてみているといろいろと取っておきたくなっちゃうのよねぇ。でも、使わないんだけどね(笑」
といっていました。
これ、ほんとによくわかります。
いろいろと手に取りながら、思い出話などをしてもらいました。
こうして作業しながらいろいろお話を聞けるのも、とてもいいことだと思います。

ここで、ちょっとお願いがあります。
もし、これからボランティアでお手伝いをしようと思っている人は、張り切りすぎないように気をつけてください。
張り切ってお手伝いにきたのだから、テキパキやってさっさと片付けよう!と思うかもしれませんけど、その前にちょっと様子を見てください。
一気に片付けたいからちゃっちゃとやってほしい!という人ももちろんいるので、そういうときは是非とも張り切ってください。
ただ、片づけで疲れている方もいます。
被災している時は、にこやかにしていても気持ちに余裕が無いことがあります。
あまりテキパキと片付けすぎて、「次はどうすればいいですか?」とガンガンいってしまうと、被災者の方が参ってしまうこともあるので気をつけてください。
(前の地震の片付けのときに「うれしいがぁけど、参ったてぇ」と言っていた人が少なからずもいました。でも、ボランティアの人には言えませんからね…)
もし、
「あわてなくてもいいよ。」
と声をかけられたら、そのとおりにゆっくり作業をやってみてください。
何か話しかけられたら、少し手を休めてお話を聞いてみてください。
いろんなところから来てくれた人たちとお話するのを楽しみにしている人もたくさんいます。
「被災して辛い中でもよかったことは、いろんな人と知り合えたこと。」
うちの地元の多くの人が言っていました。
ボランティアの心得にもありましたが、やっぱりコミュニケーションは大事ですね。

そして、午後は1時間ちょっとで作業は終わりました。
仕事も片付いたので、最後に休憩してから帰ろうということになり、お茶をいただいたときのこと。
地震の時の話や、今後のことについてお話を聞くことができました。
昼間だったので居間にいたときに、大きく揺れたとのこと。
とにかく怖かったそうです。
幸い、揺れ対策にいろいろとしておいた(家具の固定やっつっかえ棒etc)おかげで怪我などは無かったそうです。
その日、おじいさんのほうは現地の世話役としていろいろと飛び回っていたそうで、おばあさんは一人で真っ暗な中で待っていたんだとか。
おじいさんのほうは近所やいろいろなところに声をかけたりしていたそうですが、そのとき皆がものすごく協力的だったなぁといっていました。
やはりいざとなれば協力するもんだ、と感心していました。
(ほかにもいろいろエピソードを聞いたのですが…ちょっと具体的過ぎるのでここでは避けます。)
あと、この家は取り壊すことが決まっているそうです。
9月くらいを予定しているそうですが、それまでにゆっくりと片付けるとのこと。
取り壊した後に、同じ場所に家を建て直すと言っていました。
その間は近くに小屋があるそうなので、そこに住むそうです。

…穏やかに話をしていましたが、本当に大変なことです。
これから家を建て直すのにも費用がかかります。
中越地震の時、立て直す費用を捻出できなくて、泣く泣く村を出て行かなければならなかった人もいました。
同じような思いをする方が今回もいるかもしれません。
そんな思いをする人が多く出ないことを祈るばかりです。

< 帰り道 >

ボランティアの一人が車を近くに停めてあるとのことだったので、帰りは車で帰ろう、ということになりました。
その際、海岸線を通りましたが駐車場などはそのほとんどが自衛隊の基地となっていました。
規模は中越地震のときよりも多く集まっているように見えました。

市内ではそこかしこでガスの工事が行われており、急ピッチで復旧がすすんでいるのがわかります。
大きな段差ができているところなどは少なかったようにみえました。
あと、震度が大きかった割には道路の被害が少なかったように見えました。
物流があまり滞らなかったのは、そういったおかげだったように思えます。

ちょっと気になったのは、地震で倒壊した家とぜんぜん被害を受けていない家が隣同士だったりしたこと。
倒壊したほうは片付けをしたりしているのに、被害を受けていない家ではすでに普通に生活をしていました。
今はまだ、感覚が麻痺している状態だと思うのですが、時間が経つにつれていろいろと問題が出てきそうだな…と思いました。

仕方のないことわかっている。
でも気持ちが納得できない。
「なんでうちだけが…」
「うちはこんなに苦労しているのに…」
理屈じゃないんですよ。
やっかみ、妬みとか…きれい事だけじゃ済まされない暗い部分もたくさんあります。

たぶん、表にはなかなか出てこない問題だと思います。
中越地震の時も、大なり小なり理屈じゃない部分でのトラブルもあったそうです。
ボランティアに行った人たちにそういうことを話す人もいるかもしれない、とボランティアセンターの人が言っていました。
一時的に来た人であれば、かえって気兼ねなく話せたりするものです。(と言っていました。)
暗い話や辛いことを黙って聞いて、すっぱりと忘れる(←これ大事)のもボランティアだと思います。

ちょっと遠回りしてボランティアセンターに到着。
最後にリーダーが作業内容や状況を報告して終了です。
今日は1日で一箇所でしたが、状況や時間によってはボランティアセンター2~3箇所まわることもあるそうです。

今回のボランティアはこんな感じで終了しました。

< 最後に >

地震の復興には時間がかかります。
山古志のほうもまだ家の建築を行っているところもあります。
まだ、家を建てる地盤のところを整備しているところもあります。
実家の方はようやく家の周りの改修がついこの間始まったばかりです。
3年経過しましたが、まだこんな状態なのが現状です。

中越沖地震で被害を受けたところは、本当にこれからが大変です。
これから起きてくる問題もあるでしょう。
できるだけ早い復興を祈るばかりです。

最後に。
伺ったお宅での作業終えて帰ろうとした際、「これ使ってね」とタオルをいただきました。
冷たい麦茶やお菓子などをいただいたばかりでなく、こんなお気遣いまでいただいて…
いやぁ。お手伝いをしにいったはずなんだけどなぁ(^^;
お伺いした家のおじいさん、おばあさんには本当に良くしていただきました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。
ありがとうございました。

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7月 16, 2007

新潟中越沖地震

また、大きな地震が起きました。

柏崎周辺を中心に震度6強、実家の方の旧山古志も震度6の揺れを観測しました。
今回の新潟中越沖地震では、柏崎方面での被害が大きいようです。
約300棟が全壊となっているようで、さらに余震も続いているため、まだどれくらいの被害になるかはわかりません。
ただ、一部の道路が通行可というのもあり、物資の供給もすでに行われているようです。
断水が続いているようですが物流は通常通り行われており、通常どおり運営している店舗もあるそうです。

実家のほうもかなり大きなゆれがあったので心配したのですが、山兄Sに電話をしたのですが地震後10分くらいにすんなりと通じました。

話をしてみると、
「全員無事。とくに取り乱した様子もなく、な落ち着いている。ライフラインも特に問題ない。」
と、取り立てて大事にはなってない様子。
とりあえず、出先から家に帰る途中だということなので、その場で電話をきりました。

今日、私は普通に出勤だったので、家に帰ってから先ほど落ち着いて話を聞いてみました。
「震度6あったみたいだけど大丈夫か?」
と聞いてみたところ、
「前と違って立て揺れがなかったからなぁ。今回もやばいかな?という感じはしたけれど、あのときの衝撃っていう感じのゆれがなかったから、比較的落ち着いてはいられたな。」
取り立てて被害などもなく、けが人もいないみたい、とのこと。
ただ、やっぱり怖いのでみな家でおとなしくしているようだ、といっていました。

正直なところ、以前の地震以来みな神経が図太くなったみたいだ、といっていました。
揺れ具合で直感的に”やばい!”、”怖いけど大丈夫”の判断がつくようになったみたいだといっていました。
うちの甥っ子にいたっては、午後にあった震度6の余震の時にいびきかいて寝ていたとか・・・

・・・まぁ特に何事もなかったのはよかったと思います。
ここで前回と同じくらいの被害になっていたら、それこそ村がなくなってしまっていたでしょうから・・・。

ここのところ、北陸近辺で大きな地震が起きていて不安です。
実際に被災した方々はこれからが大変だと思いますが、早く余震が収まって復興にとりくめるようになることを祈るばかりです。

<追伸>

地震後に心配して電話やメールをしてくれた方々にお礼申し上げます。
実家の方からも、皆様から心配していただき感謝しておりますとの託けがありました。
ありがとうございました。

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2月 10, 2005

クリスマス会の写真アップ & 現地の様子

昨日に引き続き、クリスマス会の写真をアップします。
ほんとは、ぐにまるさんの企画なんで、そっちのほうで紹介してもらったほうがいいかとも思ったんですが、まぁいいでしょ。同時開催だったようなもんだし。(^^
んなわけで、こっちでアップしときますよ。>ぐにまるさん

これでクリスマス関連のまとめも終わりました。
配り物も終え、とりあえずはひと段落。
一応これで、今回の企画関連の報告は終了させていただきます。
ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。

で。
話題変わって。

先週末実家にいってきました。
今年は19年ぶりの大雪で、長岡の仮設でもかなりの量でした。(仮設のとこで、1m20cmくらいかな?)
話によると、今月の初めの大雪の時は、長岡市内でもかなりのパニック状態になってしまい、家に帰るのに5時間以上かかったり、帰れない人もいたとか。
ちなみに3cm位の雪でのパニックとなる関東とは違い、20cmくらいの積雪では屁とも思わないところで、この状態です。
そこがこれだけのパニックになったというのだから、その凄まじさがいかほどのものか予想できると思います。

長岡でこんな様子だったんで、山古志のほうはもっとすごいんだろうなぁとある程度覚悟はしていました。
そして、土曜日の朝、雪堀(現地では雪下ろしのことをこういう)部隊に加わり、現地へ向かいました。
4人一組になって、数件を回る予定で。


現地に入り、ちょっと唸りました。
とりあえずは軽く3mは超えてますな、こりゃ。

050205_01

なんじゃいな。この量は。(^^;
ここ数年、こんな量は見たことない。
そして。これが、山兄Sの家の様子。(注:2階建てです。)

050205_02s

屋根の上には1m80cmくらい積もってます。
玄関はすでに埋もれています。
段掘り(数十センチづつ、数段にわけて掘る方法。普通は分けるほどの量になる前にやる)なんてのを久しぶりにやってきました。
そしてえんやこらと、雪堀を行うこと半日。

050205_03s

・・・埋まってるがな。(^^;
(注: だから2階建てですってば!)
高い部分除いて、雪を下ろした部分が屋根とつながりました。
次に雪降ったら、下ろすではなく掘り起こすという感じになりますね。こりゃ。
重機(ブルトーザーなどのこと)を入れないと次に下ろすことができないと、みんないっています。
結局、この日は2件分しかできませんでした。

帰り道、来た道を通るとこんなんなってました。
雪崩でもおきたのかって感じにもみえますね。こりゃ。
(ちなみに一番最初の写真とほぼ同じとこから撮ってます。)

050205_04

しかし、今年は新潟災害三段オチですね。
地元の人とも以前話してたんですが、「台風、地震ときて、これで大雪になったらしゃれにならんなー」とそのときは笑って話していたのですが、まさかその通りになってしまうなんて・・・。

また、雪堀の増援要請があれば現地に飛びます。
ひたすら、その要望がないことを祈りますけどね。

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2月 09, 2005

やっとこさ写真をアップしました

みなさま。
たいへんお待たせしました。

ファースト・クリスマスの時の写真をアップしました。
どうも関連付けがうまくいかないため、なんどもやり直したのですがあきらめました。(^^;

クリスマス会のほうも近日中にアップします。

このまえの週末、実家で雪堀手伝ったけど、そんときに風邪までもらったようで・・・
(そのときの凄まじい写真も、いずれアップします。)
いま、ぜっ不調だぜぇい!
熱さがらねぇぜぇい!
あー、なんかみょーなテンション。

よしっ。
ここは一発”ためる”でスーパー・ハイテンションまでもってってギガ・スラッシュぶちこんでやるぜ!

・・・。

まじぃな。DQネタをHPでかますようじゃねぇ・・・

今日はもう寝ます。

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1月 14, 2005

会計報告

今日もまた、名古屋でした。(;;
また、終電でお帰りです。
もう、いいかげん解決してくれぇいっ!
あーもうさぁ、CPUのマニュアルくらい読めよなぁ。
だーから、あんなへ(以下、永遠に続きそうなので省略)

ふぅ。
んでだ。

ようやく、資料のほうもまとまりました。
12日に義援金のほうも振込み、直接的な残務はすべて終了。
以下、会計報告です。

< 収入 >
・長井市市役所職員からの義援金 ¥175,000
・HP上での呼びかけによる義援金 ¥97,000
・フリーマーケット、およびオークションで得た収入(一部個人の寄付) ¥50,000
・この企画を知った知人からの義援金 ¥50,000
・合計 ¥372,000

< 収支 >
・ケーキ、クッキー代 \165,000
・仮設外の子供たちへのプレゼント郵送代、回答用郵便代 \7,864
・企画運営費(運営にかかった直接費用) \35,324
・その他(クリスマス会への出資、配布用資料作成など) \31,124
・山古志への義援金 \132,688
・合計 ¥372,000

こうやってみると、結構かかってるんですね。
いかに最初無謀な企画だったのかがわかりました。(^^;

でも、みなさんのおかげで無事成功をおさめることができました。
ご協力していただいた皆様、ありがとうございました。
本当に感謝感謝。

クリスマスのときの写真は、アルバムに載せますが、なんか調子悪くてアップできない・・・
あと、このブログも過去ログのバックアップとかとっときたいんですけどねぇ。
だれかいい方法知らないっすか?

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12月 30, 2004

ファースト・クリスマス計画実施!!

ども。
お待たせしました。
ファースト・クリスマス計画がどんなふうに実施されたか、ちょっと詳しく報告します。
(今日は久しぶりに長文です。)
あと、会計についてはもう少し待ってください。現在取りまとめ中です。
たぶん、義援金の振込みは年明けになってしまいそうです。
写真は正月休み中にでもまとめます。
今後、他の企画とかやるときに参考になるかな?

12月24日

ファースト・クリスマス計画実行の日。
二日酔いで気持ち悪い状態で、目が覚める。
天気はまぁまぁ。
とりあえず、朝飯食って出かけるとしますか!

AM9:00

ばねちゃん、たけぱんだが青葉台の集会所へ。
今回は、ここがファースト・クリスマスの拠点となる場所。
何人かすでにボラメンバーが到着していたみたい。
(すまん、この辺の記憶すげー曖昧(^^;)
ちょうどその頃、トラちゃん到着。
あいも変わらず、にぎやかな登場だ。一発で分かる。(笑)
今回は、トラちゃんの嫁さんも参加。
おっかないよ、とトラちゃんから聞いていたが、全然そんなことなく、ちゃきちゃきしゃべるとても面白い人。
なんで、あんなにトラちゃんがびびっているのか不思議。(笑)
とりあえず、トラちゃんとたけぱんだで、プレゼントを保管場所にしてあった市立劇場へ取りに行くことに。

AM9:30

市立劇場到着。
入り口にダンボールが山積みされているのが見える。
なんとその数、大小含めて19箱!
おぉー。すげー量だなぁ。
なんかよく分からんけど、こんだけ集まってることにジンとくる。
ここで、今回プレゼントを用意していただいた大河さんに初めてお会いした。
正直、ほんとのサンタさんのように優しそうな方で、今回子供たちに配るプレゼントを、あちこちにお願いして集めてしまったすごい人。
さらに、子供たちの年齢、性別ごとに分けて袋詰めまでしてありました。
周りの人たちにも手伝ってもらったんだよ、とはいってましたが、こんなの個人レベルでできるようなもんじゃないっす。ほんとにすごいよなー。
とにかく、箱をトラックに積め、夕方に集会場でまた会うことをお約束して、とりあえず分かれる。

AM10:30

到着したプレゼントを各避難所ごとに仕分け。
回答の来た用紙を見ながら1世帯づつの人数と年齢を確認しながら、プレゼントをまとめる。
まとめたプレゼントは、その回答用紙を貼り付け、各地区ごとにダンボールでまとめた。
また、郵送の分については、ダンボールやユウパックの袋へ。
以前、これにえらく時間がかかるから覚悟しとけよ(山兄S談)といわれたが、あっさり30分程度で終わる。(笑)
とりあえず、午前中はこんくらいか。

PM1:00

とりあえず、部隊構成を決定する。
青葉台、新陽、陽光台を4グループで回ることに。
陽光台のみ区画が広いため、2グループとした。
仮設住宅が非常に似ているため、間違わないように各所の仮設住宅を下見に。
その際、目印となるようポストのところや、ガス計測器のところにリボンをつける。

そのあと、残りのメンバーは夜の裏イベントである忘年会の買出しへ。

PM3:00

ボランティアの人たちがほぼ出揃う。
以下、たけぱんだの独断と偏見で勝手に紹介。(^^;
内容に異議ある方はメールちょーだいね。
(あいうえお順。)

・アフロ
 明徳ボラ。子供たちのおもちゃ。(笑)
・うらぱんだ
 たけぱんだのダークサイト?(笑)。主に突っ込み担当。
・ぐにまるさん
 明徳ボラ。クリスマス会主催者。元気いっぱい娘。
・つるんつるん
 明徳ボラ。ちょっとかわいい高校生。♂(笑)
・トラちゃん
 明徳ボラ。涙もろい、なにわのトラック野郎。
・トラ嫁さん
 トラちゃんの嫁さん。怖くはないと思うぞ。<トラちゃん
・とろんとろん
 明徳ボラ。子供好き。クリスマスカードを作ってくれた。
・ナムさん
 たけぱんだの同級生。HPを見て協力してくれた。
・ばねちゃん
 明徳ボラ。年よか若く見える。ジャージの似合う男。(笑)
・みなちゃん
 明徳ボラ。なんかおねーさん的なオーラをもつ女性。
・みねちゃん
 明徳ボラ。明徳ボラ?代目リーダー。(笑)

そうこうしているうちに、ボン・オーハシさまよりケーキ到着。
おぉ。すげー。ケーキだ。(笑)
なぜか妙に頬がほころぶ。(#^^#
まってろよー。子供たち。

とりあえず、各仮設地域ごとに数量をふりわけ、プレゼントとともに車に載せる。
よし、配る準備はこれでOK!

PM5:00

大河さん到着。
他のメンバーに紹介。
人数的な問題から、大河さんにも配るのを手伝ってもらうことに。

その後、共同通信の方とNHKの方から取材を受ける。
おいらとしては、あんまり乗り気ではなかったため、かなり厳しい要求をだす。

・家族に楽しんでもらうための企画だから、取材は許可されたところのみにすること。
・個人的な情報を勝手に流さないこと。

これを納得してもらい、その上での取材となった。
まぁ、他にもいろいろあったけど、それは別の機会にお話します。

そんなことをやってる隣で、配るメンバーはサンタに変身中。
おのおの笑いながら、着替えている。
アフロはこのとき、飾りつけされまくりで、鈴を鳴らしながら走り回っている。(笑)
なぜか、大河さんはカトちゃんの着ぐるみ(寝巻き?)で参加。(笑)
うらぱんだは赤ッ鼻のトナカイに変身。おいしいとこもってきすぎ。(笑)
女性陣はスカート姿のサンタに。
これは、どちらかっつーとお父さんに喜ばれるな。(^^;

よし、身支度もすんだ。
すべての準備はと整った。

PM6:00

突然の電話。
トラちゃんのトラックで、物資を運んでほしいとのこと。

クリスマス用の緊急物資が役場に届いた。
山古志の全世帯に対してのクリスマスプレゼントだそうだ。
役場のほうでもいきなり送られてきたので、パニック状態に。
そのとき、こっちにトラちゃん来ていることを知っていたんでこっちに連絡が来た。
やむ得ず、トラちゃんはそっちの対応にいくことに。
ごめんな。トラちゃん。
子供たちに会いたかったろうに・・・。

PM6:30

時はきた。
いよいよ計画遂行の時。

円陣を組み、気合の掛け声を入れていよいよスタート!
新陽、陽光台グループは車に乗り込み出発。
青葉台グループは、台車に乗っけて出発。

(青葉台グループ)
担当:大河さん、トラ嫁さん、たけぱんだ

気合をいれたはいいが、夜になるとさすがに寒い。
子供のいる世帯の地図と目印を元に、家を探す。
さすがに、昼間目印をつけておいたのですぐに見つかる。
1件目到着。
最初が肝心だからね、元気いこうね、などいろいろ話しながら、玄関を勢いよく開ける。

「メッリークリスマース!!」

奥のほうから、おっかなびっくり子供が出てくる。

「プレゼントだよー。」
「ケーキもてるかな?」
「はい、これクリスマスカード。」

声をかけながら、持ってきたものを次々に手渡す。
はにかみながら、プレゼントを受け取る子供たち。

「ありがとう!」
「いい子にしてるんだよー。それじゃねー。」

そういって手を振って玄関を閉める。
・・・あぁ。やってよかったなぁ・・・
ほんとにそう思う。
まだ、最初の1件目しかやっていないのにな。(^^;

手ごたえを感じて、さらに次々と配っていく。
さすがに小学生の高学年くらいになると、反応は冷静だけどね。(^^;
けど、幼稚園児や、小学生の低学年くらいの子供たちの反応は面白かった。
親の後ろに隠れてなかなか出てこない子、玄関開けたとたんに飛んでくる子、泣きそうになる子・・・ほんとにみてて楽しい。(^^
もう一軒一軒違う反応するんで、やっている本人たちも充実した時間をすごすことができたんじゃないかな?

ちょっと反省としては。
配っている際、目印はもうちょっと大きくしたり見やすくしないとだめかも。
夜だとすごく分かりづらい。
途中、荷物につけた回答用紙がはがれてが分からなくなったこともあった。
それと、地図見るために明かりは必要だな。

けど、特に問題もなく全員に配り終えることができました。

青葉台グループ、ミッション・コンプリート!!!

PM8:00

ほとんどのグループが配り終えて、集会場へ戻ってきた。
ちょうど、そのころトラちゃんが物資をもって集会所にやってきた。
とりあえずは、各仮設地域の集会場におろすこととなった。

戻ってきたメンバーで、荷物をおろすのを手伝うことに。
おいらは、ひとりで長岡市の別のところに住んでいる子供のところへ。

PM9:30

荷物を降ろすのも終え、おいらも集会場へ。
みんな口々に子供たちがさぁ、とかいろいろ話している。
話すみんながいい顔してた。
この計画の結果がどうだったかは、その顔をみれば十分。

ファースト・クリスマス、大成功!!

こうして、計画は無事終了。

その後は、みんなで忘年会。
楽しく飲みながら、夜遅くまでいろんな話をしてました。

ほんとはね。
最初はこんな思い付きの企画、実現できないだろうと思ってたんです。
やるにしても、ほんとに個人でできる範囲でやるしかないかなぁと。
とにかく、最初は行動してみるしかないと思いHPで告知してみました。
けど、いろいろやっているうちに、たくさんの人たちから協力してもらい、いっしょにやってやろうといってくれる人たちまで現れました。

山古志を想ってくれる人達がこんなにいたことに、感謝いたします。
ここにご協力いただいた方々の一覧を掲載させていただきます。
(許可取れた方のみ。アルファベットorあいうえお順。)

・44No様
・a_live様
・anakin_s様
・大河様 そしてプレゼントに協力していただいた企業の皆様
・かんちゃん様
・きりたんぽ様
・ザリアーツカ会員の皆様
・ぱけぱけ様
・ぽにょたん様
・山下様
・山形県長井市役所職員の皆様
・ユッコ様

あと、地元でいろいろと下準備してくださったSさん。
現地での協力なしでは成功はありませんでした。ありがとうございます。
また、ケーキを届けていただいたボン・オーハシ様の皆さん。
忙しいこの季節に飛び込みでお願いしたにもかかわらず、気持ちよい対応ありがとうございました。

協力の手を差し伸べてくれたたくさんの方々、本当にありがとうございます。
皆様のご好意は、子供たちに伝わっていると思います。
ほんとうにありがとうございました。


次のイベントについて聞かれたりしますが、ちょっとしばらく間をおきたいと思ってます。
ちなみに、これで終わりにするつもりないですよ。(^^;
ただ、こういったイベントとかではなく、もっと具体的な仕事とかになるかもしれませんが。
今はようやく仮設に入って落ち着きを取り戻してきたところ。
周りは騒がずに、地元の方にしばらくゆっくりしてもらいたいと思ってます。

本当に大変なのはこれから。
人の手が必要となったときに、自分が駆けつけれるような環境をつくっておくのも大事ですね。
このHPでも、引き続き現地の動きなどを報告していくつもりです。

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12月 28, 2004

すいません。

ほんとうは、ぽつぽつとファーストXの報告をしたいのですが・・・。
昨日は、現地からの帰宅で一旦ばたんQ。
んで、夜中に起きてメール打ったり。
今日は、緊張が抜けてしまったせいか、夕方くらいから熱でばたんQ。
んで、今起きました。(^^;

ああ、みんなに写真見せたいのに・・・。
でも肝心な配っている写真はもってなかったりして。(^^;
新聞社の方、送ってくんないかなぁ・・・。
あとでメールしてみよ。

明日で一応会社は冬休みに入ります。 たぶん。
そうしたら、余裕ができると思います。 たぶん。

明後日くらいにはレポートします。
明日はちょっと余裕ないかも。

すいません。
今日は寝ます。おやすみなさい・・・Zzz

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12月 26, 2004

新潟中越地震 ファースト・クリスマス 大成功!!

ふう。

ファースト・クリスマス計画、無事遂行することができました。
ちょっと小雨も降ったりはしましたが、とくにトラブルもなく、山古志の子供達全員に配ることができました。

サンタ姿をみて、おどろく子、よってくる子、泣き出しちゃう子。
けど、ケーキやプレゼントを貰うとみんな笑顔になってくれました。
そんなのを見ちゃうとねー。
やっぱ、ぐっときちゃいますね。
もう、頬がほころびっぱなし。(^^
これは配った人たちだけの特権かもしれませんね。

こどもたちの笑顔が見れました。
この企画、ほんとうに大成功だったと思います。

最初は無謀だと思えたこの企画。
でも、すこしづつ行動していくうちに、いろんな人たちと出会いました。
そして、たくさんの人たちから、本当にたくさんのご厚意をいただきました。

メールやコメントで応援してくれた皆さん。
忙しい中、丁寧に対応していただいたボン・オーハシの皆さん。
いろいろとご寄付していただいた皆さん。
プレゼントを提供していただいた皆さん。
地元でいろいろと手配してくれた皆さん。
そして実際に配布に協力してくれたボランティアの皆さんのおかげです。

ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。

ちょっと、今日はいろんな意味でいっぱいいっぱいです。
詳しくは、明日以降に報告しますね。

それじゃ、おやすみなさい・・・。

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12月 24, 2004

新潟中越地震 いろいろあった・・・

俺は中途半端だったのかもしれない。

後悔はいくらでもできる。
でも、俺はここに生きている。
ここに生きている。

いろいろできなくてやってきていま、俺は生きている。
だからこそ。
だからこそ、ここで成功させたい。

今回は変な話、弔い合戦になってしまった。(俺の中だけかも知れん。)
誰のせいでもないけど。
だけど、自分の中で何とか成功させたい。
子供達の喜んだ姿を見たい。
それを逝ってしまったあいつに見せてやりたい。

すまん。
協力し手くれた人、ほんとうにごめんなさい。
個人的な理由だけど、ちょっと企画にたいする思い入れが変わってしまった。

おれは、
この企画を成功させたい。
みんなの笑顔を送ってやりたい。
あいつに。

Kよ。
おまえの思ってたこととは違うかもしれん。
おまえの最善と思ってたこととはちがうかもしれん。
もし、ちがったら、すまん。

俺ができることはこんなことや。
俺の弔い、みててくれ。

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12月 19, 2004

新潟中越地震 ファーストクリスマス計画 決定事項

どもです。
今日は昨日の打ち合わせでの決定事項について報告します。
かなり長文なのでご注意を。

昨日は、現地協力者、明徳で長期ボランティアをしていただいた方、および明徳に以前ボランティアできていた山形県の長井市役所の代表者の方、そしてたけぱんだというメンバーで打ち合わせを行いました。

その市役所の代表の方は、明徳のボランティアにきていた際、このHPを見てこの企画を知ったそうです。
そして、長井市役所の方々に声をかけ、義援金を募り、そして昨日仮設の方まで直接手渡しにきてくださいました。
ここまでしていただき、とにかくに感謝するばかりです。
ほんとうにありがとうございます。

さて。

実施方法に関してですが、当初はケーキのみを配布する予定でした。
こちらの計画を役場の方に言っておいたところ、後日別口で役場にプレゼントを用意したいとの申し出があったよ、と連絡がありました。
どうせなら今回ケーキを配るのといっしょにすればいいのでは?との提案があったため、こちらとしては是非いっしょにということで、プレゼントもいっしょに配ることにさせていただきました。
そして、募った有志のボランティアの方々がサンタの格好をして、各世帯にケーキとプレゼントを配るという形になります。

そいでもって。

一番心配していた資金面についてですが。
その後、調達できた資金は、以下のようになりました。

・オークションやフリマで用意した分 50000円
・個人的にいただいた義援金の一部 50000円
・HPの募集で集まった金額 97000円
・山形市長井市役所の方々からの義援金 175000円

計 372000円 なり。

・・・37まぁんえぇぇんっ?!

とんでもない金額が集まってしまいました。(^^;
うれしいというのはもちろんですが、それよりもびっくりしております。もぅほんと、驚くばかり。
今回の企画にご協力いただいた皆様、本当に感謝しております。
お預かりした御厚意は大切に遣わさせていただきます。

このように予算が集まったので、以前どこまで配れるか非常に心配しておりましたが、今回は当初の目的どおり、

山古志で被災した小学生以下の子供たち 全員

とすることができました。(ぱちぱちぱち)
また、仮設以外へ引っ越してしまった子供たちについては、連絡先を調べ、確認が取れたところには、郵送で送るようにいたします。
ただし、ケーキはナマモノなのでちょっと・・・ということで、代替品としてクッキーを同封させていただきます。

あと、いろいろと話したのですが、今回の運営資金と他のクリスマス企画へ一部協力するのにも遣わさせていただこうと思っています。

そして、残りの分は全額山古志村復興のための義援金として寄付させていただきます。

で、すいません。
以前、サンタさんやったるよー、とおっしゃってた皆さん。
当日、やることがみっちりみちみちとあります。(^^;
スムーズに実行するためにも、人数をきちんと把握しなければなりません。
申し訳ないですが、たけぱんだ宛に至急ご連絡ください。
段取り悪くてすいません。ごめんなさい。


今回は、いろんな方々からのご協力があって、ここまでこれました。
あとは実行するのみです。
もうやるっきゃないっしょ!!
子供たちだけじゃなく企画に参加した人たちも楽しんじゃいましょうよ!
んでもって、みーんな笑顔でクリスマスむかえましょう!!

と、まぁ。
なんだか、大変なことになってしまいました。(^^;
いやはや、まさか思いつきでやりはじめたことが、こんなんなちゃうとはねぇ。

いまもわたわたしてますけど、いっちょやったりますか!

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12月 18, 2004

新潟中越地震 現地活動

久しぶりの更新です。(12月18日 AM10:00)
ただいま、長岡の仮設住宅にてこれを書いています。

昨日こちらに現地入りし、ファーストXについての打ち合わせを行いました。
ここで、いろいろと決まりましたので、後ほど連絡いたします。>参加者の皆様

ちょっとこれから、ケーキの手配や買い物などのに行ってくるので、夜にまたアップします。

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12月 14, 2004

新潟中越地震 「ファーストクリスマス計画」始動!!

12日夜。
明徳ボラの方々、あと地元の協力者(Sさん、山兄S)、そしてたけぱんだの面々でクリスマス企画について話し合うことができました。

ぐにまるさんのクリスマス会と、ケーキ配りについてです。

とりあえず、クリスマス会についてはぐにまるさんに報告してもらうこととして。<すんません。おねがいしますね。(^^;

ケーキ配りに関して決まったことだけ報告します。
ちょっと時間がないので簡単に。

費用に関しては、とりあえずケーキを山古志の小学生以下の子供たちに配れる金額は集まってきています。
というか、ものすごく集まりました。もうびっくり。

と、いうことで。

当初の目的どおり、

「山古志で被災して仮設に入っている小学生以下の子供たち全員に配る」

ことができるようになりました。
本当にありがとうございます。

また、子供たちへのクリスマスプレゼントの企画もあり、そちらのほうも今回のケーキ配りといっしょになってやりましょうという方向で話が進んでおります。
みんなでサンタの格好をして各世帯をまわり、一人づつに配ることになると思います。
実行部隊としては、主に明徳のボランティアの方々を中心に、参加希望者を募ってなんとか最低人数を確保する予定となっています。

また、ケーキについては何件か回ってみた結果、地元の老舗であるボン・オーハシ様にお願いすることに決定いたしました。
突然の訪問に対して丁寧に対応していただいたことと、こちらの要望に対してできるだけ協力していただけるという点で、非常にすばやくレスポンスを返していただけた部分が決め手でした。
すでに発注も済ませ、ケーキ代も渡しました。
このHPの告知どおり、トップページの一部分を使って、12月20日頃から1月末まで広告をさせていただきたいと思います。
とはいっても、たいしてアクセスのないこのページでどれだけ効果があるかはわかりませんが・・・。(^^;
本当に忙しい時期に、結構無茶な要求をお願いをして大変恐縮ですが、お願いしたいいたします。>ボン・オーハシの皆様。

本当は、もう少し細かいことまで決まっているのですが、それについてはきちんとした企画書としてまとめ、村に対して提出いたします。
(もちろん、このHPにも載せます。)
また、収支についても私の方で管理することになりましたので、その辺もこのページで報告いたします。

あと。

クリスマスチャリティ企画
「被災した山古志の子供たちにクリスマスケーキを」

というのが個人的に長ったらしかったので、もちっと短くしない?と話したところ、とても活発(?)なやり取りの結果、正式名称を

クリスマスチャリティ企画
「ファースト・クリスマス計画」

に決定いたしました。

これは、被災してからの初めてのクリスマス、そして復興へ向けての最初の一歩という願いを込めて、このような名称といたしました。
これからは、この話をするときは、「ファーストX」とでもしましょうか?
そんな感じでよろしくお願いします。


ちょっと、また明日から名古屋へ出張(・・・あぁもういや)へ行ってくるので、ちょいとレスポンス返せないかもしれません。
なにかありましたら、メール、コメントなどお願いいたします。

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新潟中越地震 現地入り

いま、現地より戻ってきました。
今回は実家の仮設への引越しと、ケーキのことについての話を進めるためです。
ちょっとあまりにも雰囲気が違う話なので、二部構成にします。

とりあえず、記憶がはっきりしている今の状態で、いくつか書いておきたいので。
コメント、メールくださった方々、ちょっとごめんなさい。
また、明日から名古屋入り(泊りがけ・・・)なんで、連絡遅れます。
なんかあったら、コメントとかいれておいてくださいね。

--------------------------------------------
被災後、初めて虫亀に入った。


濁沢を経由して、虫亀へ。
途中、崩れた家や斜めのまま張り付いている車を横目にふるさとへ向かう。

虫亀はとても静かで、ぱっと見は特に変わったように見えなかった。
地面に入ったひび、不思議絵のように傾いた家、そして目の前に見える山の風景をのぞいて。

聞こえてくるのは、カラスの鳴き声くらい。
でも、普段よりずっと大きく聞こえる。
それは静けさの中で唯一聞こえてくる音だからだろうか。

普段も決してにぎやかなところではないものの、なんというか、生きてない。
引越しで他の人たちも入ってきているはずだが、人の気配というのがまるでない。
なんていったらいいんだろう。

何かが違う。
根本的な何かが。

昔から知っている場所なのに、体が覚えている場所なのに、まるで別のところに来たような不思議な感覚。
理由は単純だが、それを頭の中で否定している。
認めたくないだけなんだ。
だから、おかしなことになっているんだと思う。

最初は山兄Sの家に行った。
写真でいろいろ見せてはもらっているものの、現実をこの目で見てみるのでは全く違う。
ゆがんだ壁、土台からずれた柱、動かなくなった扉・・・。
そして、それがあった時刻を示したまま、とまっている時計。


この状況を作り出したのが、ほんの一瞬のことだと思うと、ぞっとする。


兄たちが何度か帰ってきて掃除しいるので、少しは片付いていた。
とはいっても、歩ける場所を確保してあるだけ。
とりあえずは使えるものと、必要なものを探しだして運び出すことになっている。

避難所でリストアップしてきたものから順に外に運び出す。
山姉Sは、
「見ていると、全部持っていきたいんだけど・・・。持っていければ使えるのに・・・」
とため息を漏らす。
仮設はそんなに広くはない。
すべてを持っていくことなど無理だ。
本当に必要なものしか持って行くことはできない。
どうしようもない。

山兄Sの家のほうを任せて、実家のほうに行ってみる。
すでに何回か来て片付けているので、写真に載っているようにしっちゃかめっちゃかにはなっていないが、それは居間だけ。崩れた内壁や台所、それぞれの部屋はは手付かずのままだ。
中はみょうに猫くさい。
台所は、物が腐ってしまったためか、嫌な匂いで満ちている。
昔、家族が住んでいたときの、なんていうか、空気はもうない。
物はいろいろあっても、空っぽだ。

とにかく、物を運び出す。
棚や整理用のたんす、頼まれていた細かいものなど。
すでに一回運び出しているのでそんなにたいしたものはなかったが、それでもトラックいっぱいになった。

多少時間が余ったので、周りを少し見て回ることにした。
家の前の道はひび割れている。
目の前には山肌がえぐられた山々。
自分の目で見ても実感はわかない。

「経験しなきゃ、わからんて。」

山兄Tの言葉はそのとおりだと思う。


帰り際、山兄Sが少しだけ虫亀の中を回ってくれた。
道路の補修などは進んでいるようだが、家についてはまだまだ手付かず。
これから迎える冬を考えると本当にどうなるんだろうかと思う。

帰り道、小千谷を経由して帰った。
川の部分が大きく変わっていた。
始めてみた人からすれば分からないと思うが、山がそっくり落ちてきている箇所が多くある。
どうすれば、こんなことが起きるのか想像もつかないが、これは実際に起こっていること。
それが現実だった。


虫亀は村の中でも被害が少ない箇所。
それでも、少なからずショックをうけた。
他のところを見て回ることはできなかったが、ここより悲惨な状況のところはいくらでもある。
家がなくなってしまった、水没してしまった方々・・・。
それを考えると、自分の集落などは本当に恵まれたほうだと思う。


現実をみると、これから村がどうなっていくのか本当に検討もつかない。
でも、もし自分でも何かできることがあったら、何か協力したい。

そんなことを考えた一時帰村でした。

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12月 12, 2004

本当の出発

現時刻 AM1:00
ただいま、名古屋から戻ってまいりました。

明日早朝、地元に出発します。

明日は、被災後初の入村です。

どんな状況になっているのか・・・

この目で見てきます。

・・・ねます。

ボラのみなさんに会えるといいのですが・・・

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12月 11, 2004

みなさん、ごめんなさい。

ただいま、この記事を愛姉のうちで書いております。
また、明日こっち(名古屋)で仕事が入ってしまいました。

明日中に地元に帰れるかどうかわかりません。(;;

打ち合わせしましょうね、とお声をかけさせていただいたのに、すいません。
ごめんなさい。

でも、絶対帰るかんね。

今日は寝ます Zzzzz

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12月 09, 2004

新潟中越地震 クリスマスケーキ計画発動?!

えー、ここ数日なんかえらく忙しかったんで思わず愚痴ってしまいましたが。(^^;

「被災した山古志の子供たちにクリスマスケーキを」(仮)ですが。
地元の方と連絡を取ったりして、少し具体的に見えてきました。
そんなわけで(仮)をとって、

クリスマスチャリティ企画
「被災した山古志の子供たちにクリスマスケーキを」

を発動したいと思います。
とりあえずもう少しいろいろと粘ってみるつもりですが、最低限の予算も確保できました。
また、数名の方々から、この企画に対して寄付しますと言ってきてくれている方々もおります。
ほんとうに感謝!!!

さらに、以前メールをいただいた ゆっこさん には、
「チャリティオークション(新潟県中越地震のために)」
ということまで、やっていただいております。
もう、ほんとうに感謝感激!!
みなさま、ほんとうにありがとうございます。

そんなこんな感じで、なんとかメドがたってきたところで。
さぁて、いっちょやりますか!

とはいったものの。

まだ、どんなケーキにするか、どのように配るかなどは今だ未定。
また、地元のほうでも他のところなどからいろいろな企画があがっている模様。

ただ、その時期はちょうど仮設に移ったばかりで、ようやく一安心できるかどうかというところ。
新しい生活を始める準備であわただしかったり、集団生活から開放されて、ようやく家族水入らずになれる最初の週末になるところです。
でも、地元の情報によると、仮設に移動した際の式典などが23日~25日くらいにかけてあるらしく、あまりゆっくりできないかもしれないといっておりました。
これじゃ、避難所から越してきたばかりなのに大変そうだ。(^^;

そんな感じなんで、あまり村の人たちに負担をかけたくはないんです。
いろいろ企画があがっているのは本当にうれしいと思っているとのことですが、対応しきれないのが現状らしいんですよ。
これって、ちょうどちょっと落ち着き始めた頃に、救援物資がいっせいドバッと大量に送られてきたときみたいですね。


自分の当初の計画として大雑把に言うと、

「各世帯にケーキ配るから、後は家族団らん楽しんでね。」

という感じなんです。もともと、

・あんまりでしゃばらず。
・できるところをお手伝い。
・主役は現地の人達であることを忘れずに。

ってことを考えていたんで。
できるだけ裏方に徹しようかと。
まぁ、主役は村の人たちですから。
楽しんでもらうためのちょっとしたもの用意するんで、あとは好きにやってくださいな。
みたいな。

でも、みなさんから、村の方々を思っていろいろしていただけることには、地元出身者として本当に感謝しております。
ですから、この企画自体も、いろいろな企画に便乗するもよし、共同でやるのもよし。
その辺については、地元の人たちもいろいろと考えていてくれるそうです。
とりあえず、10日~13日は現地に行くんで、そのあたりについてもお話してきます。
それと、具体的なケーキの発注もその頃にやってこようかと。

まぁ、そんなわけで。
ケーキ配りの人員を引き続き大募集中!
ひょっとしたら他の企画の実行部隊として、他の物も一緒にくばったりする?かも??
いいぜ、いっちょうやったろうか、という方々からの連絡お待ちしております。

みんなのとこにケーキ配っていい汗かいて。
子供たちの笑顔でもつまみに、みんなでおいしいお酒でも飲みましょうや!

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12月 05, 2004

新潟中越地震 現地の状況

久しぶりに今日はゆっくり寝た。
起きたの午後3時。(^^;;
寝すぎだっつーの>俺。

買い物して、ご飯作って、ゆっくりお風呂入って。
あぁ~、なんかゆっくりできたなぁ。

んでもって。

そんなことをしている間に、山姉よりメールが。

引越しが11日に決まったそうです。
場所は青葉台の近く。
10日は仮設住宅の引渡し、11日が引越しになるとのこと。
山古志の人たちは、3箇所に分かれて入居するみたいです。

ようやくプライベートな空間ができるといって喜んでいました。
一ヵ月半も共同生活していれば、そりゃ気も使います。
いくら仲のよい人達でも、いろいろあるでしょう。
でもこれで、精神的なとこでちょっとは余裕ができるようになると思います。

そういえば、写真も載せたうちのにゃんこ。
どうやら、無事保護されているようです。
じいさまがいっったら、すりすりしてきたとのこと。
はやくいっしょに住めるようになるといいね。
でも、俺がなでるとき爪をたてるのはやめてくれよな。(^^;

クリスマスケーキの計画も兄が世帯数や人数をしらべてくれているとのとこ。
本当は子供たち全員に、と考えておりますが、現実的には予算との兼ね合いになるでしょう。
どれくらいの規模で実現できるかはもう少しで分かると思います。
できれば、配る人員を募集したいのですが、参加可能なボラの方いらっしゃいますか?
予定としては24日の夜になると思います。
よろしければ、連絡ください。
10日~12日の夜なら自分も時間がとれると思います。
明徳に来られる方で、このボラに参加できる方おりましたら、お話をする時間を設けたいと思いますので、参加していただけませんでしょうか。
お願いばっかりですいませんけど、よろしくお願いいたします。


そういえば、山姉から追伸がありました。

>14日の朝ご飯が自衛隊食最後になります。
>午後はみんなでお掃除になります。
>今度から全部自分でしなきゃならないのかと思うと、チョット、ハァー。

・・・まっ、気持ちはわかるけどね。(^^;

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12月 03, 2004

新潟中越地震 写真UP&現地の状況

山兄Sより写真が送られてきた。
地震発生から数回、一時帰村しているがその都度写真を撮ってきていたようだ。
ヘリからの写真は、甥っ子達が村の様子をヘリに見に行った際に撮ってきた写真。
上空からみると、ほんとにいろいろなところで崩れていたとのこと。
まだ、現地にいっていないため予想しかできないが、やはり尋常の揺れではなかったのだろう。

あと、仮設住宅の説明が今日あったそうだ。
予定では12月10日~14日の午前中までに引越しを行うとのこと。
とりあえず、荷物を入りに村に入れるかどうかも現状では分からないとのこと。
生活用品もなにもないので、どうするかなどいろいろ検討しなくてはならないこともたくさんあるらしい。

しかし、これで仮設住宅に移れば少しは落ち着くだろうといっていた。
まだやることはたくさんあるけど・・・。

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12月 02, 2004

新潟中越地震 チャリティーオークション、フリマ結果発表!

えっと。オークションとフリマの件、ようやくまとまりました。
公表してもいいですよと許可を得た方々の名前のみ挙げさせてもらいます。

ありゃま。
以外と売れてるし。
自分としてはびっくりです。
オークションの結果は以下のとおりです。

・PS2ソフト .hack vol 1~4セット
5,750円 ぱけぱけ様

・モンスターズ・インク DVD
・ロード・オブ・ザ・リング DVD 2本組み
 960 + 3,500 = 4,460円 ぽにょたん様

・エレクトリックドラゴン 80000V DVD
1,200円 ---様

・マトリックス DVD 4本セット
2,800円 ---様

・ナイトメアー・ビフォア・クリスマス DVD
 1,800円 ---様

・ブレードランナー 最終版 -ディレクターズカット- DVD
1,500円 anakin_s様

・アフタヌーンのおまけフィギュア 「ああっ女神さま」などのセット
2,900円 a_live様

売り上げ 20410円  - 輸送料負担分 2430円 = 17980円なり
また、a_live様より、チャリティーへの寄付金として 707円(ほんとにありがとう!!)

計 18687円

自分としては、もう少しオークションをやってみるつもりです。
また、フリーマーケットは以下のようになりました。

売り上げ 12500 - 出展料 2000 = 10500円

そして、以前宣言したとおり、義援金の一部(50000円)を含め

合計 79187円 

となりました。たけぱんだ個人としてもいくらかは出せるので、端数分を考慮し、現段階で今回の企画の資金として

100,000円

とさせていただきたいと思います。(2004.12.01現在)
現時点でいろいろな方々のご協力により、現段階で上記のような金額が集まっております。
ご協力していただいた方々に本当に感謝いたします。
ありがとうございます。

また、数名の方から義援金を送りたいとのメールもいただきました。
ありがたい限りです。
ただ、公共の機関で募集できていない状態のため、受け付けについてはもう少し待ってくださいと回答しています。
もちろん、個人で受け入れることは可能なのですが、信用性も考慮し、受け入れについては考慮している状態です。
できれば、信頼できる公共機関にお願いしたいところですが、話をもっていくにもどのようにすればいいか分からないため、困惑している状態です。

もし、そういった公共機関にお願いできないのであれば、たけぱんだ個人で責任を持って対応するようにしたいと思います。
こんな個人が立ち上げているサイトでやっている企画でも信用して寄付してもいいよ、という方がおりましたら、たけぱんだ宛てにメールして下さい。
振込み先などについて、メールにて回答させていただきます。
また、収支については運営の透明性を図るため、公表させていただきたいと思っています。

そのときは、是非よろしくおねがいしますね。

あと。

ボランティア仲間である、ぐにまるさん企画を立てています。
自分は当然ながら参加させてもらいます。
今回のケーキ企画といっしょにできるといいですね。

さぁて。
12月に入ったことですし。
そろそろ具体的な話に向けてやっていきますか!

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11月 29, 2004

新潟中越地震 フリーマーケット実施!!


今日は上尾の水上公園にてフリーマーケットに出店してきました。

お天気もよく、そんなに寒くもない。
上尾でのフリマは今回が初。
しかも一人でやるのも初。
今回はチャリティー出店ということで、地震の写真と、この企画について一言書いたものなんぞを用意し、いざスタート!!

・・・売れませんねぇ。(^^;
なぜ?

たしかに今回はたいした目玉商品もないし、新しい商品も用意してません。
今回ほど何にも準備せずにフリマやったの初めてかも。(^^;
あえて目玉というならば、長年付き合ったデジカメ位か。
(けど、150万画素。いまや携帯の方が画素数高かったりして。)

お昼頃になると、人もたくさん来るようになり、ぽろぽろと売れ出し始めました。
あまり極端な値切り方をする人も少なかったです。
この企画の紙を張ってあったせいか、それとも客層か?
明治公園あたりだと、平気で半額以下の値段言ってきますからねぇ・・・。

昔いたんすよ。
2000円で出してるのに、200円っていってくるような輩が。
1時間くらい粘られて、財布ひっくり返してこれしかない、けどほしいんだよぉおおって。
で、結局。
根負けして、「You win」っていって売りました。(爆)
あなどるなかれ。インド人。

正直、今回はちょっともったいないなぁとか思ったのとかをいろいろ持ってったんですけど、そういうのはわりと早くに売れてしまいました。(デジカメ